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千草の花  作者: 小夜
21/37

21、再会

「起きろ、時彦。連れて来たぞ」

隣から発せられた轟くような大声に、思わず身を竦める。

男は、そんな春菜の様子に気付く風もなく、小屋の奥へと視線を向ける。

おい、と男がもう一度声をかけたのとほぼ同時に、慌てたようにして人影が現れた。

思い詰めたような表情で現れた時彦は、春菜達の姿を認めて、微かに頬を緩めた。

時彦の目を真っ直ぐに受け止める事が出来ずに、春菜は視線をそらした。

「春菜、良かった」

そんな春菜の心境を知ってか知らずか、時彦は明るい声を発した。

「にしても、二人とも酷い有様だな。そんなに濡れそぼって」

早く上がれと、促す時彦に、春菜の隣に立つ男はすぐに従った。

「濡れるとさすがに寒いな」

生来のものなのか、やはり野太い大きな声で言うと、男は囲炉裏の側に陣取った。

「どうした?風邪を引くぞ」

わずかな日数を置いても、全く同じ調子で時彦は言う。

「何で?」

思わず口を突いて出た言葉に時彦がわずかに首を傾げた。

「何故居場所が分かったか、と言う問いならば、答えは梓彦(あずさひこ)に後を付けさせたからだ。勿論ずっとではない。少し着ければ、自ずと行き先も分かると言うもの。後は先回りして待っていただけだ」

春菜の表情に釣られるように、時彦は途中から言い訳めいた事を口にして、同意を求めるように側に座る男を見た。

それに、春菜は静かに首を振る。

「そうじゃない。なんで私をここに連れてきたの?」

しん、と静まり返った中に、雨が屋根を打つ音だけが響く。

しかし、その静けさは作られた時と同様に唐突に破られた。

「何だ、もう振られたな、時彦」

豪快な笑い声と共に、そう告げると男は面白そうに時彦を見た。

「お前の姫君は、残念ながら人殺しの皇子様がお好みらしい」

男の言い様に嫌なものを感じて、春菜はわずかに眉を潜めた。

「梓彦」

時彦が低い声を出すが、梓彦と呼ばれた男は止まらなかった。

「時彦、話しが違うぞ。俺は、お前の連れが連れ去られ、囚われていると聞いたから協力したんだ。だが、こいつは囚われてなどいなかった。共の奴らに大切に傅かれていた。どう言う事だ」

詰問の声音で発せられた言葉に時彦は肩を竦める。

「俺は事実を言ったまでだ。連れを掠われたのも、皇子に襲われたのも事実だ。その後の事は知らん」

「じゃあ何だ。あの皇子をたらしこみでもしたのか、この女は」

鋭い視線を向けられ、身を固くした春菜に追い打ちをかけるように梓彦は言葉を紡ぐ。

「いや、違うな。その様子じゃお前がたらしこまれたか?そんなに贅沢が気に入ったか?呑気なものだな。連れが斬られたと言うのに、斬った張本人のご機嫌取りか」

「梓彦」

もう一度時彦が名を呼ぶ。

「少し二人にしてくれ。お前がいると落ち着いて話しも出来ん。頭でも冷やしてこい」

梓彦は不服そうに時彦を見たが、仕方がないと言った様子で立ち上がった。梓彦はすれ違い様に春菜に春菜を睨み付けるとまだ雨の降りしきる中、外へと出て行った。

「春菜」

名を呼ばれ、わずかに視線を時彦へと向けた。

「いつまでそこに突っ立っている気だ」

火に当たるように促される。

「…怪我は?」

その場から動かずに春菜は口を開いた。

濡れた髪からぽたり、と雫がたれ、床を濡らした。

水を吸った着物と髪は、肌に張り付くようで気持ちが悪かった。

体温が奪われているのも自覚していたが、それでも春菜は動かなかった。

「派手に血は出たが、問題ない。あまり激しい動きさえしなければ大丈夫だ」

「そう」

気まずさにまた視線を反らすと、時彦の声が追い掛けてきた。

「俺は、お前を傷付けた。悪いと思っている。…怒っているのか?」

「…分からない」

時彦が言っているのは、有間に出会う直前の事だろう、と思い春菜は正直に気持ちを口にした。

「怒るよりは、悲しくてどうしたら良いか分からなくて、怒ってるみたいになっちゃったけど…。私、あれからいろいろ考えたんだ」

ようやく真っ直ぐ時彦に視線を向けて、春菜は話し出した。

「時彦は私をここに呼び出したかった訳じゃなくて、ただの偶然。不可抗力だった。だから、いきなり右も左も分からないお荷物を背負って嫌になるのも当然だな、って。あの時は、どうしたら良いのか分からなかったけど、死に物狂いになれば、きっとどうにか生きていける。私がここに来ちゃったのはただ運が悪かっただけ。だから」

「ちょっと待て」

唐突に春菜の言葉を遮ると、時彦は真剣な色を浮かべた瞳を春菜に向けた。

「俺は、そう言う事を言いたかったんじゃない。言い方が悪かった」

時彦の瞳の色に圧されて春菜が黙り込むと、時彦は再び口を開いた。

「お前も見た通り、朝廷と俺達退魔師の関係は悪い。命を狙われる事もある。物の怪が出た夜、俺はあの皇子に会った。あれは俺達にとって天敵だ。出会い、戦えば死しかない。だから、すぐに町を出ようとした。お前にああ言ったのは、俺と行動を共にすればいらぬ災厄に見舞われる事があるからだ。梓彦を命の危険にさらしてまでお前を連れ戻したのは、お前が囚われた原因が俺にあったからだ。酷い扱いを受けているのではないかと思ったが、それは杞憂だったようで安心した」

「そんな、じゃあ、私…時彦、ごめん。私、時彦に酷い事した。ずっと有間と一緒に居て。…でも、有間は、優しかった…」

時彦の言葉にようやく整理が着いたと思っていた胸の内を掻き乱され、春菜はまとまらない思考の中で呟くように言うと、時彦はわずかに笑みを浮かべて頷いた。

「だから、今一度問おう。春菜、お前はどうしたい?身の危険を覚悟した上で俺についてくるも良し、皇子の元に帰るも良し、朝廷だの退魔師だの、妙なものに関わり合いたくなければ、俺が信を置いている普通の人間の元で過ごしても良し。いずれにしても、俺はお前を元居た場所に帰せるよう手を尽くす。方法があればどうにかして知らせよう。春菜、どうしたい?」

「私は…」

しかし、その先に続く言葉を見失い、春菜は口をつぐんだ。

先を促すような時彦の視線に、励まされるようにして、春菜はもう一度口を開いた。

「私はこの世界の事を知りたい。退魔師の事、朝廷の事、どちらも。嫌なの、時彦と有間が殺し合うのは。逃げたくない、ちゃんと知りたい」

ようやく真っ直ぐに春菜は時彦の目を見た。

「それは、間者と見られたとしても知りたいか?」

「知りたい。私は、何も知らないでいたくない。両方を知ってちゃんと自分で判断したい。だから、私に退魔師の事を教えて」

春菜の目に浮かんだ強い色に、時彦は笑って頷いた。

「ならそうすれば良い。俺は春菜の望むようにしよう。それより、早く火に当たれ。いつまでも濡れたままそんな所に居たら風邪を引くぞ」




不機嫌そうな表情で、梓彦はどっかと腰を下ろした。

「何故俺がこの女と一緒に動かねばならん」

普段の大声とは、掛け離れた低く唸るような声音に動じる事なく時彦は肩を竦めた。

「嫌なら、別行動を取れば良いだろう」

「何を言うか。怪我でまともに戦えぬ体で。まだ十日は俺がいなければ物の怪が出た時にどうする気だ」

怒り心頭と言った様子の梓彦に、春菜は思わず微笑んだ。

「女、何がく可笑しい」

それを見咎めた梓彦に、春菜は噛み付かれ、慌て首を横に振った。

「違うの、だって梓彦さん、怖そうな顔だけどほんとは優しいんだな、って思って」

しん、と静まり返った空気に慌て春菜は梓彦に謝る。

「あ、ごめんなさい。怖そうって、体がおっきくて強そうだな、って意味で、だから」

唐突な二人の笑い声に遮られて、春菜は小さくなる。

「春菜、こいつが怖そうなのは、ほんとの事だから仕方ない。気にするな。それにしても、梓彦、良かったな。豪腕豪傑で知られるお前を優しいだとよ」

笑いすぎて息も絶え絶えな様子で時彦は梓彦の背を叩いた。

「何を言うか女。退魔師は数が少なく常に戦いの中に身を置く。だからこそ仲間内で助け合うのが習わしだ、それをそのような…」

怒っているのか戸惑っているのか、何とも奇妙な表情で梓彦は言う。

「まあ、諦めろ梓彦。春菜の勝ちだ」

時彦に、渋面を見せて梓彦は黙り込んだ。

「改めてになるが、こいつは梓彦。俺と同じ退魔師だ。顔は恐いし、口は悪いが、根は悪い奴じゃないはずだ、おそらくな。梓彦、連れとしか言ってなかったが、これが春菜だ。常識を知らんのでまあ助けてやってくれ」

ほとんど名前しか分からない紹介を終え、時彦は思い出したように春菜を見た。

「そうだ、梓彦には術の事も話しているから気にするな」

胡散臭げな梓彦の視線に、春菜は軽く頭を下げた。



食後に、小屋を抜け出し、春菜は近くの木陰に座っていた。

見上げる夜空には東京では見られない幾千幾万もの星が瞬き、春菜を見下ろしていた。

いつの間に止んだのか、既に雨雲の陰すら夜空にはない。

「春菜」

不意に声を掛けられ、視線を隣に向けると時彦が立っていた。

「どうした?」

隣に腰を下ろしながら言って、時彦は春菜の顔を覗き込む。

「皇子の事か?」

問われて、春菜は驚いて時彦を見た。

「何だ、当たりか」

笑って言う時彦に、春菜は小さく頷いた。

「…時彦は、有間が憎い?仲間を殺された?」

わずかに逡巡した後、春菜は小さく尋ねた。

「憎くないと言えば嘘になるな。退魔師ならばたいていの者は知り合いを皇子に殺されている。だが、それは俺の意見だ。お前の意見はお前が決めろ」

うん、と頷いて春菜は夜空を見上げた。

何か言い置いて来れるような状況ではなかったが、何も言わずに有間の元を離れたのが気掛かりだった。

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