↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Bar AI  作者: Kazzmon
3/4

洋子

BAR AI


第2話 洋子


 洋子は、鏡を見るのが嫌いだった。


 子供の頃から、そうだった。


 鏡に映る自分を見て、


「これが私なんだ」


 と思うたびに、胸の奥に小さな違和感が生まれた。


 髪を伸ばせば似合うと言われた。


 可愛い服を着れば、


「女の子らしくて可愛い」


 と褒められた。


 化粧をすれば、


「綺麗になったね」


 と言われた。


 けれど、その言葉を聞くたびに、洋子の心の中では別の声がしていた。


 


 違う。


 


 私は、これじゃない。


 


 それが何なのか、幼い洋子には分からなかった。


 ただ、自分の身体と心の間に、薄いガラスの壁があるような感覚だけが残った。


 そして、その壁は年齢を重ねるほど厚くなっていった。


 


 そんな洋子には、一人だけ特別な存在がいた。


 幼馴染の優子。


 幼稚園から高校まで。


 そして大学まで。


 二人は、いつも一緒だった。


 洋子にとって優子は、親友という言葉だけでは足りなかった。


 家族。


 姉妹。


 そして――


 それ以上の何か。


 自分でも、その気持ちに名前をつけることができなかった。


 優子は昔から可愛かった。


 大きな瞳。


 笑うと少しだけ目尻が下がる。


 性格も明るく、誰に対しても優しい。


 スタイルもよく、大学では何度も男性から告白された。


 同性から見ても、


「完璧」


 と言いたくなるような女性だった。


 ところが。


 優子には、なぜか彼氏ができなかった。


「優子ってさ」


 大学二年のある日、洋子が聞いた。


「なんで彼氏作らないの?」


「え?」


「だって、告白されまくってるじゃん」


「うーん……」


 優子は少し考えてから笑った。


「好きな人ができないからかな」


「好きな人が?」


「そう」


「どんな人が好きなの?」


 優子は、しばらく黙っていた。


 そして洋子を見た。


「……分からない」


「何それ」


 二人で笑った。


 その瞬間。


 洋子の胸が、不思議なほど強く締めつけられた。


 もし――


 もし自分が男だったら。


 優子を好きになってもいいのだろうか。


 そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎった。


 しかし洋子は、すぐに打ち消した。


 馬鹿なことを考えるな。


 私は女だ。


 優子も女だ。


 そんな関係になれるはずがない。


 学校帰りに食事をする。


 休日には買い物をする。


 悩みがあれば電話をする。


 優子は洋子のことを、何でも話せる親友だと思っていた。


 だが、洋子には一つだけ、


 優子に言えないことがあった。


 


 私は、自分の身体が嫌い。


 


 そして、


 


 私は、本当は男として生きたい。


 


 それを言葉にする勇気がなかった。


 


 ある夜。


 洋子は一人、自分の部屋で鏡を見ていた。


 髪を短く切った自分。


 化粧をしていない顔。


 Tシャツとジーンズ。


 その姿を見ていると、不思議と少しだけ楽になった。


「……こっちのほうが、いい」


 小さく呟いた。


 だが、それだけでは足りなかった。


 心の奥には、もっと強い願いがあった。


 


 男として生きたい。


 


 それだけではない。


 


 優子を、


 女性として愛したい。


 


 洋子は鏡から目を逸らした。


「……最低」


 誰に対して言ったのか分からない。


 自分自身に対してだった。


 


 その日。


 洋子は優子と飲んでいた。


「洋子」


「ん?」


「最近、何か悩んでる?」


「え?」


「分かるよ」


 優子は笑った。


「幼稚園から一緒なんだから」


 洋子は黙った。


「話してみなよ」


「……優子には言えない」


「なんで?」


「嫌われるから」


 優子の表情から笑顔が消えた。


「私が洋子を嫌う?」


「……分からない」


「絶対に嫌わないよ」


 洋子はグラスを握りしめた。


「じゃあ……もし」


「うん」


「もし私が……」


 言葉が出てこない。


「私が、男だったら……どうする?」


 優子は黙った。


 長い沈黙だった。


 洋子は怖くなった。


「ごめん。忘れて」


 立ち上がろうとした。


 その手を、優子が掴んだ。


「待って」


「……」


「どうして、そんなこと聞くの?」


 洋子の目に涙が浮かんだ。


「分からない……」


 声が震える。


「ずっと分からないの」


「何が?」


「私は……誰なのか」


 優子は何も言わなかった。


 洋子は堰を切ったように話し始めた。


「女の身体なのに、ずっと自分が女じゃないような気がして……」


「……」


「可愛いって言われるのが嫌だった」


「……」


「女らしいって言われるのも嫌だった」


「……」


「でも、それを言ったら、みんなに変だって思われる」


 涙が頬を伝った。


「だからずっと普通の女のふりをしてきた」


 優子は黙って聞いていた。


「でも……もう疲れた」


 洋子は俯いた。


「自分が何なのか、誰を好きなのか、どう生きればいいのか……全部分からない」


 優子はしばらく洋子を見つめていた。


 そして、静かに言った。


「洋子」


「……うん」


「私は、洋子が洋子なら、それでいいと思う」


 その言葉が、胸に刺さった。


「でも……」


 洋子は顔を上げた。


「私、優子のこと……」


 そこで言葉が止まった。


 優子は待っていた。


 けれど洋子は、最後まで言えなかった。


 


 その夜。


 洋子は一人で新宿を歩いていた。


 優子と別れた後も、家に帰る気になれなかった。


 何度も優子の言葉を思い出していた。


 


 洋子が洋子なら、それでいい。


 


「じゃあ……私は誰?」


 夜の街に呟いた。


 そのときだった。


 路地の奥に、小さな灯りが見えた。


 


 黒いドア。


 


 小さなプレート。


 


 BAR AI


 


 洋子は足を止めた。


「……何これ」


 こんな店は知らない。


 だが、なぜか懐かしい気がした。


 ドアを開ける。


 カラン。


 ベルが鳴った。


「いらっしゃいませ」


 カウンターの向こうに、一人の男が立っていた。


 黒いスーツ。


 短い髪。


 整った顔。


 年齢は四十代くらいに見える。


「……男性のお客さん?」


「いいえ」


 男は微笑んだ。


「あなたを待っていました」


「私を?」


「はい」


 洋子はカウンターに座った。


「何を飲みますか?」


「……何でもいい」


「では、こちらを」


 透明なグラスが置かれた。


 中には、淡い琥珀色の酒。


 洋子は一口飲んだ。


 不思議な味だった。


 甘い。


 でも、どこか懐かしい。


「……ここ、何の店?」


「心の中にあるものを、見つける店です」


「そんなの……分からない」


「だから、ここへ来たのでしょう」


 洋子は男を見つめた。


「私……自分が嫌い」


「そうですか」


「女として生きるのが苦しい」


「はい」


「でも、男になりたいって言うのも怖い」


「はい」


「優子のことも……」


 洋子はそこで口を閉じた。


「……好きなんです」


 男は何も言わなかった。


 ただ、静かに頷いた。


 そしてカウンターの上に黒い端末を置いた。


「あなたが会いたい人を作ることができます」


「……優子?」


「いいえ」


「じゃあ誰?」


「あなた自身です」


 洋子は眉を寄せた。


「私?」


「はい」


 画面に文字が浮かび上がった。


 


 あなたが本当になりたい自分


 


 その下に項目が現れる。


 


 性別


 年齢


 容姿


 声


 性格


 生き方


 


 洋子の指が震えた。


「……これを入力したら?」


「あなたの理想の姿と会うことができます」


「本当の私に?」


「あなたがそう思うなら」


 洋子は画面を見つめた。


 そして、一つ目の項目を押した。


 


 性別


 


 選択肢が現れる。


 


 男性。


 女性。


 その他。


 


 洋子は迷った。


 長い間。


 そして――


 男性


 を選んだ。


 画面が一瞬、白く光った。


 次に、


 年齢


 と表示される。


 洋子は、自分が心の中でずっと思い描いていた年齢を入力した。


 二十九歳。


 次に、


 容姿


 


 洋子は考えた。


 背は少し高く。


 肩幅は広く。


 髪は短く。


 優しそうだけれど、弱そうには見えない。


 そして最後に、


 目だけは、自分のまま。


 


 入力を終える。


「これでいいですか?」


 男が尋ねる。


 洋子は小さく頷いた。


「……はい」


 店内の照明が落ちた。


 音楽が止まる。


 空気が変わった。


 カウンターの奥にある扉が、ゆっくり開いた。


 コツ。


 コツ。


 靴音が近づいてくる。


 洋子は息を止めた。


 そして。


 男が現れた。


 短い髪。


 少し高い身長。


 細身だが、しっかりした肩。


 シンプルなシャツ。


 そして――


 その目。


 


 間違いなく、


 洋子の目だった。


 


 男は洋子の前に立った。


「……こんばんは」


 声を聞いた瞬間。


 洋子の身体が震えた。


 低い。


 それなのに、自分の声の延長線上にあるような、不思議な声だった。


「あなた……誰?」


 男は微笑んだ。


「あなたです」


「……私?」


「はい」


 洋子は立ち上がった。


 目の前の男に触れる。


 頬。


 肩。


 手。


 確かに人間の身体だった。


 温かい。


「……こんな人になりたかった」


 洋子の目から涙が落ちた。


 男は何も言わず、洋子を抱きしめた。


 初めてだった。


 自分が自分に抱きしめられたような感覚。


 洋子は男の胸に顔を埋めた。


「私……ずっと、あなたになりたかった」


「知っています」


「優子を……好きになってもいい?」


 男は答えなかった。


 代わりに、洋子の耳元で囁いた。


「あなたが誰を好きになるかは、あなたが決めることです」


 洋子は泣いた。


 声を上げて。


 子供の頃から胸の奥に閉じ込めていたものを、全部吐き出すように。


 その夜。


 洋子は初めて、


 自分の身体を嫌っているのではなく、


 自分自身を理解できなかったことが苦しかったのだ


 と気づいた。


 


 朝。


 洋子が目を覚ますと、自分の部屋だった。


 鏡を見る。


 いつもの自分。


 女性としての身体。


 長い髪。


 見慣れた顔。


 何も変わっていない。


 けれど。


 昨日までとは、何かが違っていた。


 洋子は鏡の中の自分に向かって言った。


「おはよう」


 そして、少し笑った。


 


 テーブルの上には、黒いカードが一枚置かれていた。


 


 BAR AI


 


 裏返す。


 


 そこには一行。


 


 「あなたがあなた自身を受け入れた時、この店には二度と入れません。」


 


 洋子はカードを握りしめた。


 そしてスマートフォンを手に取った。


 連絡先を開く。


 


 優子


 


 指が止まる。


 しばらく迷ったあと、メッセージを打った。


 


 『優子。今日、会える?』


 


 送信。


 


 数秒後。


 


 返信が来た。


 


 『もちろん。どうしたの?』


 


 洋子は画面を見つめた。


 そして初めて、


 自分の気持ちを隠さずに生きてみようと思った。


 その先に何が待っているのかは、まだ分からない。


 ただ一つだけ分かっている。


 


 自分の人生を決めるのは、


 AIでも、


 家族でも、


 世間でもない。


 


 自分自身なのだ。


 


 そして―その夜


洋子は優子に打ち明けた。


今までの自分自身の性への違和感


そして優子に対する想いを...


「優子は黙って洋子の話を聞いていた


そしてひと雫の涙を流した。」


気がつけば二人はベッドの中に...


「いいの?」 洋子は尋ねた。


「うん」 優子は短く答えた。


洋子はそっと優子の柔らかい唇にキスをした


そしてだんだん激しく....


そして洋子は優子の体をひとつずつ確認する


様にキスをした


首筋 肩 腕 胸 おへそ 背中 お尻


太もも ふくらはぎ 足先


そして...


優子も応えた


まるで男女のそれのように...


洋子は満たされた。


そして決心するのであった。


男として生きる事を


優子と共に生きる事を!


 店のカウンターでは、あの男が一人でグラスを磨いていた。


 その隣に、いつの間にか女性が立っている。


「また一人、帰ったわね」


「ええ」


「満たされたの?」


「おそらく」


「おそらく?」


 男は微笑んだ。


「人間は、自分でも自分の心が分かりませんから」


 女性は笑った。


「あなたも?」


「もちろん」


「じゃあ、あなたは何者なの?」


 男はグラスを置いた。


 そして鏡を見る。


 そこには男の姿ではなく、


 洋子がBAR AIに入ってきたときの姿をした女性


 が映っていた。


 女性は鏡の中からこちらを見つめている。


「私は……」


 男は静かに答えた。


「その人が一番必要としているものです」


 店の時計が、


 午前四時四十四分を指した。


 カラン。


 誰も触れていないドアベルが鳴った。


 また一人、


 人生に疲れた人間が、


 BAR AIを見つけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。