正義
「正義とは何だ?」
俺はカメラに向けて問いかける。
「俺は正義か?」
小学生のとき、保護者参観がある授業で将来の夢を聞かれた。俺はヒーローになりたいと言った。
俺が今からすることは正義なのか。自分自身への確認である。
【✩1✩】
話は遡ること、三ヶ月前。俺は幼稚園からの友人に会っていた。お互い二十歳を超え三年経った。久々に酒でも呑みながら近況報告も兼ねたお遊び会を開こうとの連絡が来た。俺は直ぐに了解の意味も含めたグッドなスタンプで送り返した。友人は約束の確認の意味も込めた笑顔の絵文字を返してきた。
約束を交わしてから、四日経った土曜日。俺は友人の家に居た。その日が約束の日だからだ。
お互い、ツマミと酒を持ち寄りお疲れから始まる乾杯と、軽い雑談をした後に友人が本腰を入れるための合図をする。
「最近どう?」
当たり障りもなく、聞ける言葉。複数の意味を含めた聞き方。返しやすい始まり方。
「ぼちぼちだよ、そっちは? 彼女でもできたか?」
社会じゃセクハラだの何だの言われるが、ここは社会ではない。友人の家だ。セクハラにはならないはずだ。
「出世しました。機長になっちゃた〜」
「・・・マジ? 給料とか増えんじゃん。へぉ〜彼女は?」
「泣きます」
「ん。触れるなってことね」
俺のことではないのに、嬉しかった。励まし合ってるとか、競ってるとかではない。だが、友人のこれからが嬉しかったのだ。
「休日出勤は増えたけどな」
「連休前とか?」
「そうそ。メンテがどうだのあ〜だの。結局ブッ壊れるくせにさ」
「あ〜やる意味ないじゃん的な?」
酒も回ってきたのだろう。自然と愚痴が出始めた。この互いに普段は言えないことを言えてる感じ。いつになっても慣れないし、楽しいのだ。ただ、楽しいことは分かっている。楽しかったと思える。だけどいつもこの先の記憶が無くなる。正確には、飛び飛びになるのだ。だからどう言う過程があってその話をしたのかは分からない。記憶の始まりはは、時計の針が午前三時を指していたところからだ。
「最近は何でもかんでも! タイパタイパ〜てさ。一生が短く感じるよ」
俺の前で右手を上下に振りながら語る友人。それに頷く俺。
「分〜かる。超超超わかる」
親指を上に負け人さし指を友人に突き刺す。さながら拳銃のように。
「映画とかアニメとかもさ、二倍速で観るんだろ? 考えらんないね」
俺は笑いながらそう語る。世間はタイパーーータイムパフォーマンスーーーとやらが流行っている。テレビでも特集されていた。俺はソレを観て初めて知った。まさか映画やアニメを二倍速で観るなんて考えもしなかったからだ。二倍速で観た上で評価を下す何て信じられない。
「・・・だけどさ、今はもう映画館で映画観たりテレビ放送でアニメを観ないんだよ。配信だよ配信」
友人は優しくなだめるように語る。確かに今は配信の時代だ。円盤を発売しない作品もある。漫画だって、電子が基本となりつつある。
「配信で観たら、何かさ、負けた感ない?」
俺は放送された作品を録画して観る。被った作品は配信で観るのだが、テレビで観りゃよかったと毎回思う。他に言い方が思い付かないから “負けた” なのだ。
「それも踏まえて時代にしがみつかなきゃな。あ〜っと言う間なんだからさ」
両手を大きく広げた後、ぎゅぎゅぎゅっと空を押しながら両手を閉じる。
「お前、もしかして二倍速で観てたりする?」
直感。直勘である。何となく友人の話し方が庇っている気がしたのだ。友人の瞳を視ようとした。だが酒の影響だろうか、上手く狙いが定まらない。
「最近は・・・観てるな。二倍速で観てる」
どうでもいいことだ。人には人の観方がある。強要するべきじゃない。時代に合わせて変化するものだ。この世に存在するのは全て変化するものだから。変化しないものは存在しないから。いつもの俺なら頷いていた。同調しつつも少し否定していた。だが俺にも溜まっていたモノがあったのだろう。だから誘いにすぐ乗っかったのだろう。だからグッドなスタンプを送ったのだ。
「二倍速で観るとか理解できねぇ」
ボソッと返した。つもりだった。返すつもりだった。飲み込むつもりだった。しかし実際は聞こえる声で嫌味だけの言葉で彼を否定する為に、そう返した。
「お前には理解できないだろ」
彼もまた、溜まっていた。だから誘ったのだ。何か外れてはいけないモノが外れた。先に否定したクセに、否定されたことに何かが渦巻いた。なぜだろう。なぜ、俺は・・・置いていかれたと感じるのだろう。俺だけずっと取り残されていると感じるのだろう。俺だけ、俺だけ。
そこからの記憶はない・・・否。あるにはある。だが心が拒絶していた。お互いに貶し合い怒号が蔓延り、罵倒が破裂する。感性を否定し本能のままに言いたいことを言う。だが理性は残る。言葉だけの争いだった。
「帰れ、もういい。帰れ!」
「......あっそ。そうですか!」
そう言って俺は急いで友人の家を出た。スマホとカバン、財布を持って。いきよいに任せて投げた言葉。その言葉が足を進ませる。何も考えず。考えることができず、外へと向かう。だからだろう。俺が持っていた財布は、友人の物だった。友人は俺の背だけを視ていた気がする。
俺はその視線に殺されるかと思えた。
翌朝、眼が覚めた。どうやら俺は家に帰れたらしい。勿の論、俺の家である。残っていた理性のお陰だろう。僅かな理性が体を動かしたのだろう。覚えていないが。
寝たからか、脳が昨日よりかは落ち着いている。気を抜くと昨日の状態になりそうだが。それでも、落ち着いていた。後悔が無理矢理心を落ち着かせた。
今日は日曜日だ。まだ一日ある。この一日で心を戻す。荒れ腐った心をいつも通りにする。仕事が来る前に、月曜日が来る前にいつも通りにする。そう、心の中で誓いに似た何かをした。取り敢えずいつも通り起きたら顔を洗いトイレに行く。酒の臭いがするが致し方ない。朝食は食えたモンじゃないので、ソファーに寝転びながらテレビをつける。前回つけていた七チャンネルが映る。日曜朝は子供向けアニメが放送されている。今は気分ではなかった為、一チャンネルから順に回していく。一二三四。四で止まる。止めたのではなく止まった。一と三も同じ内容だった。現実逃避もあったのだろう。だが、四で確信に変わる。
《今日午前四時半ごろ、都内のアパートで強盗、及び殺人事件が起きました》
いつもなら何も思わない。ただそう言う事件があったと消費するだけ。だがテレビに映し出されたアパートを、俺は知っていた。何度も行った。昨日も行った。間違えるはずがない。テレビは淡々とアパートの場所を伝えるが、そんなもの聞かなくても分かる。
友人の家だった。
そんな訳ないと、信じまいと急いでスマホに駆け走る。あのアパートには他にも人は住んでいる。まさか友人な訳がない。きっと、となりの部屋に住んでいる人だ。そんな淡く微かな希望を頼りにスマホに手を掛けた。その時だった。スマホのとなりに放り捨てられたように置かれた財布。酔いが覚めた今だから直ぐに気付いた。自分の財布ではないと。友人の財布だと。体がこう着する。田んぼに足を突っ込んだ時と同じ感覚。動かそうにも抜けず引っ張られる感覚。それでも必死に動こうとして、体を捻らす感覚。吐き気がした。酒がまだ残っていたのだろうか。違う・・・友人の財布を持っている俺は捕まるんじゃないか。さっきまで友人の安否で一杯だった心は塗り潰された。そんな自分に対して吐き気がした。あっとしてしまった。三分ほど、俺はスマホを持ったままだった。それでも兎に角、連絡しないと始まらない。再度否定する。そんな訳無いと。今回は自分も含めて心配しながら、否定する。
《お掛けになった番号は、現在使われていないか電波の届かない場所に携帯があります》
偶然だな。そうに決まってる。強盗殺人があったんだ。ツーアウトぞ。ツーアウト。放火があればスリーアウト。死刑決定だ。そんな状況で俺の電話に出るはずがない。家族からの電話に出るはずだ。そうだ。そうなんだ。電話に出ないのは何もおかしくない。電話にでんわ。電話にでん......電話に。
もう一度財布を見る。どうしようと考える。考えて考えて、もう一度財布を視る。
気付けば俺は財布を持って友人の家に向かっていた。
【✩2✩】
友人の家に近付けば近付くほど人が増える。同様に車も増えて行く。集団として確認できたのは、最初に近隣住民。何があったのか気になって見に来るヤジ馬だ。次に報道陣。カメラやマイクに照明と画面に映るのは一人のクセに大勢で取り囲む。さらに記者が話し合いながら情報を交換する。そして、黄色い線。規制線が張られたアパートに集まる警察。
そして、アパートに住む住民たち。警察に事情を聴かれているのだろう。俺は人に揉まれながらもその場にいる住民を視て行く。何度も何度も視返す。分かっていた。ニュースには既に被害者の名前は出ていた。
友人の姿はそこにはなかった。
それもそのはずだ。
友人は既に亡くなっているのだから。
現実を理解し切った俺は、人混みへと戻った。
【✩3✩】
家に戻ると玄関に人影が見えた。二人。警察である。どうして警察が居るのか。その疑問は直ぐに消え失せた。
「あの、どうしました?」
右手に持つ友人の財布に力が入る。
「少しよろしいでしょうか?」
眼で分かる。どちらも俺の右手にある財布を視ていたことに。
そこからの記憶は無い。
焦りと緊張。未知への恐怖とこの先への心配。色々な感情が込み上がり、まともな受け答えすらできなかった。
ハッキリ覚えているのは、周りにマスコミと近隣住民が集まってきてからだ。
状況も状況。重要参考人として警察車両に乗せられその場から逃げるように去ろうとする俺を、彼らは赦さない。
眼が開けられない程のフラッシュに、冷静に狩人のように弓を向け言葉責めをする記者達。何より近隣住民の疑問と本の少しの嘲笑いが俺を爆発させた。
「俺はやってない! 本当だ。俺はやってない殺してなんかない! ぐっ偶然偶然だ、偶然な。偶然なんだよ」
誰がどう見ても俺が犯人である。誰もが決めつけた瞬間である。
【✩4✩】
三ヶ月。身柄を拘束され三ヶ月。俺が手にしていたのは財布のみ。
友人を刺した刃物は無かった。
それもそのはずだ。俺はやってないのだから。
三ヶ月の捜査の末、真犯人が見つかった。
俺は当日酔っていたことや警察の冤罪による自責により、何の罪も当てられず釈放された。
三ヶ月。たった三ヶ月。三ヶ月鹿経っていないにも関わらず、世界がまるで変わったかのような気持ちだった。
仕事は無くなりどうしょうもない。
兎にも角にもまずは家だ。家に帰ろう。
そう思いながら家に帰る。道中、市民からはヒソヒソと言われた気がしたが、聞かぬふりをして過ぎ去った。
それもあったのだろう。家に帰った俺は真っ先にこの三ヶ月で俺に対する世間様の声を聴いた。
驚きだ。
まだ俺が犯人と決まった訳でもないのに、テレビの奴らは犯人として扱う。
専門家だの芸能人だのが俺を非難する。意味が分からないや、無理がある。状況的に見れば何て言葉で俺を犯人へと仕立て上げる。
ネットも酷かった。法の終わりや正義のヒーロー面して俺を否定する。
顔も晒され、殺人鬼だの酒クズだの書いて社会的殺してくる。
どうやら俺はこの三ヶ月、正義の敵だったらしい。
張りぼての正義。
決まった訳でもないのに、俺を悪として正義を振るう。
誰も俺を信じす何も知らない奴らの言葉を信じる。
確かに状況的に見れば俺が犯人だ。
決まった訳でもないのに?
彼らが正義を振るうのは当然だ。
俺じゃないのに?
正義とは、すなわち・・・正義だ。
正義の反対は悪だと言うけれど、俺は俺の正義の元に否定した。
彼らも正義の元に俺を否定した。
今度は俺の番だ。俺が彼らに俺の正義を振るう番だ。
【✩5✩】
「正義とは何だ?」
「俺は正義か?」
「お前らが正義なら俺も正義だ」
「お前たちが己の正義を振るうなら俺も己の正義を振るう」
「正義の反対は正義だ。残るのは偽善のみだ......関係ないな。今は関係ないな」
「・・・君達は正義だ。勘違いするなよ。君達は正義だ」
「だから俺も正義の元に執行する。正義を」
「俺は正義の 正義のーーー」
ーーー僕はヒーローになりたいです!
「俺は正義のヒーローだ!」
その後、各地で行方不明が相次ぐ。
共通点は被害者は皆とある強盗殺人事件の重要参考人として三ヶ月間拘束された後、冤罪として釈放された男に対して非難していた。
また、彼は釈放されてから一度自宅に帰った後から消息不明である。
六年経った今でもなお、行方不明は相次いでいる。
一部の間では彼を 《正義の執行者》 として崇められている。
彼が消息不明となってから二年後、あくまでもインターネットの都市伝説として語られているが、一度だけ彼のアカウントと思えるアカウントから投稿があったそう。
最後にその投稿を記し本件、行方不明事件の捜査を打ち切る。
〈正義とは何だ?〉
クソボケバカタレ時間投稿すまんね
いぇ〜あ!




