第9話 英雄の告白と、開かずの箱の中身
廃教会の床に置かれた「黒い箱」は、まるで心臓のように赤く脈打っていた。
ガタガタと鎖が鳴るたび、不穏な魔力が周囲の空気を歪ませる。
割れたステンドグラスから差し込む月光が、ディランの蒼白な顔を照らしていた。
「……マリー。俺は、これの中身を知らねぇ」
彼は絞り出すように言った。
「王子から『呪われた魔導具だから、お前の強力な魔力で封印しておけ』と渡されたんだ。絶対に開けるな、とな」
「でも、今は開けようとしていますね。外からの強制召喚です」
私は冷静に分析した。
王都での監査が始まり、登録された魔導具が一斉に呼び戻されているのだ。このままでは箱ごと転送されてしまう。そして、中身が何であれ「ディランが持っていた」という事実だけで、彼は罪に問われるだろう。
「俺の収納の中身を見られるのは……裸を見られるよりキツイ」
ディランが震える手で顔を覆う。
「中はぐちゃぐちゃだ。腐ったもんも、壊れたもんも、全部詰まってる。俺の恥部そのものだ。それをお前に見られたくない」
Sランク冒険者としての虚勢も、英雄としての誇りもかなぐり捨てた、一人の男の弱音。
私は静かに歩み寄り、彼の手首を掴んだ。
「ディラン様。私の仕事、覚えていますか?」
「……整理屋だろ」
「ええ。汚部屋の掃除なんて日常茶飯事です。貴方が何を隠していようと、私は驚きませんし、軽蔑もしません」
私は彼の目を見つめた。
「開けましょう。私が、貴方の汚名を整理ぎます」
ディランが息を呑む。やがて、覚悟を決めたように頷いた。
彼が魔力を込めると、鎖が弾け飛んだ。
私はすかさず「解錠の術式(物理的なピッキング)」で蓋を開ける。
プシュッ、という音と共に、古い防腐剤の匂いが立ち込めた。
「……これは」
中から出てきたのは、呪いの道具などではなかった。
黄金の燭台、虹色の魔石、精巧な宝飾品。
そして、それらの隙間に詰め込まれた大量の「王家公認書類」。
「第2王子が管理していたはずの『紛失品リスト』そのものですね」
私は一つ一つを手に取り、確認していく。
「このカフスボタン、王子が『マリーが盗んだ』と騒いでいたものです。自分が隠していたんですね」
ディランが呆然と呟く。
「俺は……泥棒の片棒を担がされていたのか」
「いいえ。貴方は『動く隠し倉庫』として利用されただけです」
王子は、監査の目から逃れるために、最も安全で、誰も中身を確認できない場所――英雄ディランの収納魔法――を選んだのだ。そして今、用済みになった彼ごと「罪人」として処理しようとしている。
「許せませんね」
私は道具帯から、大量の荷札を取り出した。
ペンのキャップを口で外し、サラサラと書き込んでいく。
『証拠品A:横領された燭台』『証拠品B:改竄された帳簿』。
一つ一つのアイテムにタグを結びつけ、丁寧に箱に戻していく。
「これで、ただの『隠し荷物』は『告発の証拠品』に変わりました」
作業を終えた私は、箱の蓋を閉め、今度は自分の南京錠でロックした。
ディランが、憑き物が落ちたような顔で見ている。
「……マリー。お前、本当にすげぇな」
「整理整頓の基本です。あるべき場所へ、あるべき物を返す。この荷物の届け先は、王子の私室ではありません」
私は教会の出口を指差した。
「王都の監査会場です。直接、届けに行きましょう」
「ああ……行ってやるよ。地獄の底まで」
ディランが立ち上がり、大剣を背負う。
その背中には、もう迷いはなかった。
私たちは夜の街道へと足を踏み出す。
嵐の前の静けさは終わりを告げ、遠くで雷鳴が轟いていた。
反撃の時間は、すぐそこまで迫っている。




