第6話 市場の在庫管理と、偽りの魔石
鉱山都市ガルドは、石と鉄と欲望の匂いがする街だ。
すり鉢状の地形にへばりつくように建物が並び、谷底にある巨大な市場からは、常にハンマーの音と商人の怒鳴り声が響いてくる。
「おいマリー、あれを見ろ! 火属性の特級魔石が破格だぞ!」
人混みの中で、ディランが少年のように目を輝かせた。
彼が指差したのは、メインストリートの一等地に店を構える派手な露店だ。
ベルベットの布の上に、握り拳ほどの大きさの真っ赤な石が鎮座している。値札には、相場の半額以下の数字。
「あれがあれば、冬場の暖房代が浮く。買いだ」
「待ってください」
私は彼の腕を掴んで引き止めた。
その石を遠目に見た瞬間、違和感が走ったのだ。
色が、均一すぎる。
天然の魔石なら、魔力の流れに沿って必ず微細な色の濃淡があるはずだ。あんな風に、どこを切っても金太郎飴のように同じ赤色をしているのは不自然だ。
「……何か変か?」
「ええ。ディラン様、ちょっと検証させてください」
私たちは露店の前へ進み出た。
商人は、強面のディランを見て一瞬怯んだが、私の姿を見ると舐め腐った笑みを浮かべた。
「へいらっしゃい! 旦那、お目が高い。こいつはダンジョンの深層で採れたばかりの逸品で……」
「おじさん、これ見せてもらっていい?」
私は遮るように声をかけた。
「ああ? 嬢ちゃんに何が分かるんだ。触ると魔力で火傷するぜ」
「大丈夫です。見るだけですから」
私は懐から、商売道具の「ルーペ」を取り出した。
石に触れず、太陽の光にかざして覗き込む。
――やっぱり。
内部に気泡がある。魔石の結晶構造ではなく、高温で溶かしたガラスが固まる時にできる、特有の丸い気泡だ。
さらに、道具帯から小さな天秤を取り出し、分銅と釣り合わせるふりをして比重を確かめる。
軽い。本物の魔石なら、鉛のようなずっしりとした重みがあるはずだ。
「おじさん。これ、ただの『着色ガラス』ですね」
私が淡々と言うと、商人の顔色が変わった。
「な、何を馬鹿な! 言いがかりをつける気か!」
「言いがかりじゃありません。魔石の屈折率はもっと高い。太陽にかざせば、反対側が二重に見えるはずです。でもこれは素通しだ」
私は周囲の客にも聞こえるように声を張り上げた。
「それに、この気泡。魔力結晶には絶対に混ざらないものです。熱で加工した証拠ですよ」
ざわざわと、周囲の空気が変わる。
他の客たちも、手元の石を疑わしげに見つめ始めた。
「おい、俺が買ったのも偽物か?」
「どうなってんだ!」
商人の額に脂汗が滲む。彼は助けを求めるように周囲を見回したが、誰も目を合わせない。
「ち、ちげぇ! 俺も知らなかったんだ! 仕入れ先が……」
「じゃあ、この店の商品は全品検査が必要ですね。私がやりましょうか? それとも、衛兵を呼びますか?」
「ひぃッ!」
商人は真っ青になって首を振った。
「わ、分かった! 詫びだ! 好きなものを持ってけ!」
彼は店の奥から、泥だらけの木箱を引きずり出してきた。
私はニッコリと笑った。待っていました、とばかりに。
「じゃあ、この箱の中身を全部いただきます。あと、そこの『日光で消えるインク』も付けてください」
「そ、そんなガラクタでいいのか?」
「ええ。貴方にとってはガラクタでも、私には宝の山ですから」
店を離れてから、ディランが呆れたように息を吐いた。
「……お前、俺が守る必要なかったな」
「守ってくれましたよ。後ろに立っていてくれたから、彼も暴力を振るえなかったんです」
私は木箱の中身を見せた。
泥を拭うと、そこには地味だが純度の高い「鉱石」や、珍しい「留め具」がぎっしりと詰まっている。
「偽物の宝石より、こういう『本物の素材』の方が、ずっと価値があります」
ディランは苦笑して、私の頭を乱暴に撫でた。
「俺の目も、まだまだだな。……お前がいてくれてよかった」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
市場の喧騒も、鉄の匂いも、今は心地よいBGMのようだった。
けれど、私たちは気づいていなかった。
路地裏の影から、鋭い視線が注がれていることに。
目立たない灰色の服を着た男が、手の中の似顔絵と私を見比べ、ニヤリと笑った。
「……見つけたぞ。王宮の『逃げた管理官』様だ」
男は懐から通信用の魔導具を取り出し、静かに囁いた。
「ターゲットを確認。接触を開始する」




