第4話 爆発する騎士と、絶縁布の一枚
国境へ向かう街道沿いの宿場町は、乾いた砂埃と馬の匂いで満ちていた。
日差しは暖かいが、空気はパリパリに乾燥している。洗濯物はよく乾くが、魔導具にとっては静電気が起きやすく、最も神経を使う天気だ。
「……おい、見ろよ。あんなデカい剣を背負って、収納魔法も使えないのか?」
「時代遅れの冒険者だな。荷馬車なんて」
検問所の前で、下品な嘲笑が飛んできた。
声の主は、王国の紋章が入った白銀の鎧をまとう一団。第2王子直属の輸送騎士隊だ。
彼らは腰に最新式の魔法ポーチをぶら下げ、手ぶらで優雅に歩いている。対して私たちは、物理的な荷物を満載した馬車を引く、古臭い行商人のような見た目だ。
ディランが無言で剣の柄に手をかけようとするのを、私は目線で制した。
関わるだけ時間の無駄だ。そう思ってすれ違おうとした時――私の鼻が、微かな「焦げ臭さ」を捉えた。
――チリ、チリ。
微小な放電音。
音の発生源は、先ほど私たちを嘲笑った若い騎士の腰回りだ。
右腰に「炎属性の魔剣」。そのすぐ隣、接触するほどの距離に、冷却用の「氷結ポーション」が入ったポーチがぶら下がっている。
しかも、ポーチの口が緩んでいる。乾燥した空気の中で、二つの相反する魔力が火花を散らし始めていた。
「待って」
私は思わず声を上げた。
「なんです? 平民風情が」
騎士が不快そうに振り返り、威嚇のために魔剣の柄に手をかける。
それが引き金だった。
魔剣の魔力が活性化し、漏れ出していたポーションの冷気と激突する。
――カッ!
白い閃光が弾けた。
「伏せろッ!」
誰かが叫ぶより早く、私の体は動いていた。
道具帯から「絶縁布」を引き抜き、騎士の腰へと飛び込む。
ディランが止めようと手を伸ばしたが、構わず私は騎士の懐に滑り込んだ。
剣とポーチの間に、布一枚をねじ込む。
ただの蜘蛛の糸で織られた、魔力を通さない灰色の布。
ブシュゥウウ……。
爆発音の代わりに響いたのは、気の抜けた排気音だった。
絶縁布によって回路を遮断された魔力は、行き場を失って霧散していく。
騎士の腰元から、白い煙がもくもくと上がった。
「な、なんだ!? 何をした!」
騎士が腰を抜かしてへたり込む。
私は煤けた絶縁布を回収し、冷ややかな目で見下ろした。
「炎属性の魔剣と氷結ポーションを密着させてはいけません。初歩的なミスです」
「は……? だが、収納ポーチに入れておけば安全だと……」
「ポーチの口が開いていました。それに、乾燥注意報が出ている日は自然放電しやすいんです。魔法に頼る前に、紐の結び方くらい覚えてください」
周囲の騎士たちが呆然としている。
彼らの認識では、魔導具は「入れたら安全」なブラックボックスなのだろう。中身が物理的にどうなっているかなど、想像もしない。
それが王子の教育であり、この国の魔導レベルの限界だった。
「……行くぞ、マリー」
いつの間にか、ディランが私の隣に立っていた。
彼は騎士たちを睨みつけることもなく、ただ私に手を差し伸べた。
「こいつの言うことを聞いとけ。命拾いしたな」
その言葉は、どんな威嚇よりも重く響いた。Sランク冒険者が、ただの「荷物持ち」である私の判断を全面的に支持している。その事実は、騎士たちを黙らせるのに十分だった。
私たちは呆然とする騎士団を残し、人混みへと消えた。
路地裏に入ってから、ディランがため息交じりに言う。
「無茶しやがって。爆発してたらどうするつもりだ」
「計算通りです。あの程度の魔力漏れなら、私の布で防げますから」
「……たく。肝が据わってやがる」
彼は乱暴に私の頭を撫でた。
その手つきは不器用だったけれど、守られるだけの存在から、背中を任せられる相棒へと、少しだけ昇格したような気がした。
けれど、安堵したのも束の間だった。
宿場町の掲示板。そこに新しい手配書が貼られているのを、私は見てしまった。
『王宮からの重要指名手配。国宝窃盗犯、マリー・ローエン』
似顔絵は似ても似つかない悪人面だったが、名前は紛れもなく私だ。
「……有名人だな」
ディランが皮肉っぽく笑う。
「ええ。でも、これで彼らも気づくはずです」
私は手配書をじっと見つめた。
「私がいなくなって、誰が彼らの装備を守っていたのかを」
風が吹き抜け、手配書がカサカサと乾いた音を立てた。
それは、王国の物流が崩壊へ向かう、小さな予兆の音に聞こえた。




