表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そのカバン、私が詰め直します!〜収納魔法持ちの英雄様は、片付けができない〜  作者: 九葉(くずは)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/10

第3話 聖剣の研ぎ方と、リサイクルの定義

 森の夜は早い。

 しとしとと降る小雨が、焚き火の炎を小さく揺らしている。湿った土の匂いと、薪が爆ぜるパチパチという音だけが、静寂を満たしていた。


 ディランが帰ってきたのは、スープが煮え立った頃だった。

 彼の黒い鎧は泥と返り血で汚れ、手には巨大な鉄塊のような剣が握られている。

「……硬かった。刃が通らねぇ」

 彼は疲れたように剣を放り出し、ドカッと丸太に腰を下ろした。

 その剣は酷い有様だった。刃こぼれし、赤茶色の錆に覆われ、まるで廃材置き場から拾ってきた鉄屑のようだ。


「ディラン様、その剣。そろそろ限界では?」

「……ああ。次の街で買い換える。これはもう、寿命だ」

 彼は寂しげに呟き、剣から目を逸らした。

 まるで、見るのも辛いといった風情だ。

 私はスープをよそいながら、その「鉄屑」をしげしげと観察した。

 王宮時代、数多の国宝を見てきた私の目が、違和感を訴えている。

 錆の浮き方が不自然だ。表面だけが脆く、芯には異様な硬度がある。


「……寿命かどうかは、私が判断します」

 私はスープを彼に押し付けると、道具帯から特殊な小瓶を取り出した。

 中身は透明な粘液。「アシッド・スライムの油」だ。強力な酸性だが、金属の不純物だけを溶かす性質がある。

「おい、何をする気だ。それは呪われた剣だぞ。触ると手が腐るかもしれん」

「呪い? いいえ、これはただの『酸化被膜』です」


 私が油を垂らしたウエス(布)で刀身を拭うと、ジュッという音と共に茶色い汁が滴り落ちた。

 ディランが息を呑む。

 私は構わずに磨き続けた。力を入れず、円を描くように。油の独特な刺激臭が、雨の匂いに混ざる。

 やがて、分厚い錆の下から現れたのは――月光を吸い込んだような、白銀の輝きだった。


「ミスリルと竜骨の合金……! これ、国宝級の聖剣じゃないですか」

「な……馬鹿な。あいつの血を吸って、黒く染まったんじゃ……」

「血糊が酸化して固着していただけです。手入れをサボった言い訳を、呪いのせいにしないでください」


 私は仕上げに、鹿革で丁寧に乾拭きをした。

 蘇った剣は、焚き火の光を鋭く反射し、周囲の闇を切り裂くような冷たさを放っている。

 ディランは震える手で、その柄を握りしめた。

「……そうだ。あいつは、こんな綺麗な剣を持ってたんだ」

 彼の目元が、炎の揺らぎで濡れているように見えた。

 亡き友の形見。それを、彼は自分への戒めとして、汚れたまま使い続けていたのだろうか。

 けれど道具は、使われてこそ、手入れされてこそ輝く。


「捨てないでくださいね。この剣はまだ、貴方を守りたがっています」

「……ああ。もう二度と、曇らせねぇ」


 ディランは剣を鞘に納めると、不意に私の手を取った。

 スライムの油と錆で汚れた、私の指先。

 彼は懐からハンカチを取り出し――それは、出会った日に私が貸してあげた安物だったが、驚くほど綺麗に洗濯されていた――一本一本、丁寧に指を拭ってくれた。

 ゴツゴツした戦士の手が、壊れ物を扱うように優しい。


「すまねぇな。綺麗な手を汚させちまって」

「これが仕事ですから。それに……」

 私は彼の掌にある無数の古傷を見つめた。

「傷だらけの手の方が、私は信用できます」


 ディランは少し照れたように鼻を鳴らし、視線を逸らした。

 雨はいつの間にか止んでいる。

 ふと、荷馬車の奥にある「鎖で巻かれた黒い箱」が目に入った。

 剣が綺麗になった今、あの箱だけが異質な重さを放っている。


「……あの箱も、いつか磨かせてくれますか?」

 私の問いに、ディランの手がぴくりと止まった。

 長い沈黙の後、彼はポツリと答えた。

「中身が空っぽになったらな。……まだ、捨てられねぇもんが詰まってる」


 それは拒絶ではなく、猶予を求める響きだった。

 私は何も言わず、彼の手の温かさだけを感じながら、磨き終わった剣の輝きを見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ