第10話 整頓された未来と、荷札の名前
王宮前広場は、異様な熱気に包まれていた。
年に一度の「魔導具監査会」。貴族や高位冒険者が、自身の保有する魔導具の安全性を国に示す場だ。
中央の演台には、豪奢な軍服に身を包んだ第2王子アレクが立っている。その横には、退屈そうに爪を磨く聖女リリアの姿もあった。
「見よ、国民たち! 我が収納魔法の深淵を!」
王子が高らかに叫び、空間に手を突き出した。
彼が自慢の「無限の容量」を誇示しようと、収納口を最大まで広げた、その瞬間だった。
――ボシュウゥゥゥ!
不快な破裂音と共に、黒いヘドロのような泡が噴き出した。
「な、なんだ!?」
王子が悲鳴を上げる。
止まらない。制御を失った収納口から、雪崩のように吐き出されたのは――腐敗した食料、カビたドレス、そして未処理の魔獣の汚物だった。
広場に悪臭が充満し、観衆が悲鳴を上げて逃げ惑う。
「き、汚い! 近寄らないでよ!」
聖女がドレスの裾をまくって逃げ出した。王子は汚物の山に腰まで埋まり、パクパクと口を開閉させている。
「……予想通りですね。水属性と雷属性を隣り合わせに放置すれば、内部で発酵してガス爆発を起こします」
凛とした声が響き渡った。
群衆が割れ、私とディランが進み出る。
私はハンカチで口元を覆い、王子に向かって「中和剤(消臭パウダー)」を含ませた布を投げつけた。
布が収納口に吸い込まれると、暴走は嘘のように沈静化した。
「き、貴様は……マリー!?」
王子が泥だらけの顔で私を睨む。
「よくも戻ってきたな、泥棒め! この汚物はお前の嫌がらせだろう!」
「いいえ。それは貴方の『管理不足』の結果です。そして……」
私はディランに合図を送った。
彼は無言で頷き、自身の収納魔法を開放した。
静かに、そして整然と。
現れたのは、綺麗に磨かれた木箱と、整理された棚だった。
その一番手前にある「証拠品」の箱を開ける。
「これが、貴方が紛失したと主張していた『国宝』たちです」
タグ付けされた「王家のカフスボタン」「横領された燭台」「改竄帳簿の原紙」が、冬の光を浴びて輝いた。
「全て、貴方がディラン様の収納に『呪いの品』と偽って隠していたものです。保存状態は完璧ですよ。私の管理下でしたから」
監査官たちが駆け寄り、証拠品を確認する。
本物だ。どよめきが広がる。
「そ、そんな……馬鹿な……」
王子はその場に崩れ落ちた。もはや誰も、汚物にまみれた彼を王族としては見ていなかった。
騒動の後、私は監査官から深々と頭を下げられた。
「ローエン嬢、君の管理能力は国宝級だ。是非、筆頭管理官として復職を……」
「お断りします」
私は即答した。
「今の職場が、とても気に入っていますので」
隣で、ディランがにやりと笑った。
王都を出る頃には、空を覆っていた雲が切れ、薄日が差していた。
馬車の荷台は、旅の間に増えた棚や道具で、少し狭くなっている。けれど、それが心地よい。
城門の外で、ディランが馬車を止めた。
「……マリー」
彼は懐から、一枚の荷札を取り出した。
いつも私が仕事で使っている、味気ない麻紐のついた紙切れだ。
彼はそれを、不器用な手つきで私の左手の小指に結びつけた。
「ディラン様? これは……」
タグには、汚い字で一言だけ書かれていた。
『予約済み』と。
「俺の人生も、だいぶ散らかってる。……お前の管理が必要だ」
彼は顔を真っ赤にして、そっぽを向いた。
「一生かけて、整頓してくれねぇか」
それは、どんな宝石よりも価値のある契約書だった。
私はタグを愛おしげに撫でて、彼を見上げた。
「……私の管理費は高いですよ?」
「知ってる。地獄の果てまで払ってやるよ」
私たちは笑い合った。
馬車が動き出す。
車輪が石畳を蹴る音、乾いた冬の風、そして隣にある体温。
ディランが言っていた「北の果てにある幻の素材」を探す旅が、ここから始まる。
私たちの荷物は、まだ増えそうだ。
けれど大丈夫。整理する時間は、これから一生分あるのだから。
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