貴族令嬢、次のダンジョンへ向かう
明石製粉 二見工場。
某日、午前八時 八分。
冷凍食品の生産工場として長い歴史を誇る明石製粉が、阿鼻叫喚の騒ぎとなっていた。
「市長が来るぞ!」
「市長が来るぞ!」
タコ焼きの生産ラインを工員たちが逃げ惑う。皆一様に望まぬ来訪者の襲来を叫ぶが、誰一人として市長の姿を見ていない。
いや、確かに市長は来ているのだ。
二見工場の床は粘膜に覆われ、長く伸びた触手が壁を這う。
「どうした!」
工場長が血相を変えて現場に駆け付ける。
「昨日市長に送った質問状が、式神返しとなって送り返されてきた」
営業部長が書面を見せる。アーカシ市の「タコ焼き禁止条例」は、憲法第22条第1項「職業選択の自由」に抵触するのではないかと質問状を送ったところ、奇怪な文言と共に送り返されてきたのだ。
原本には「ルルイエの館にて、夢見るままに待ちいたり」と書き加えられ、無数の複製が宙を舞い、工場内を飛び回っている。
オン ナウマン ゾウ キリキリ マイ
オン アエンビエン アッチュアッチュ
総務部所属の陰陽師が、市長を追い返すべく総出で真言を唱える。普段は役立たず、無意味な人員、とバカにされてきた陰陽師たちは、ここぞとばかりに頑張った。悪霊退散、悪霊退散、煩悩解放 、レッツゴー!
しかし相手が悪かった。
舞い散る質問状は黒いカラスに姿を変え、工場内を飛び回る。工員たちは粘液にまみれ動けない。陰陽師たちは触手に巻かれている。万事休す。震える工場長と営業部長の前に、坊主頭の老翁が現れた。一見すると好々爺だが、瞳の奥に狂気を宿していた。
「やれ、先だっての選挙からご無沙汰じゃったの」
老翁は「明石だんご協会」の会長、そして現市長の支援者でもある。
「素直に市長の言うことを聞いておれば、若手芸人の如くローション芸に体を張らず済んだのに、のう」
若手に限らずダウンタウンも、ダチョウ倶楽部もやってたわ!そう言い返したかった工場長と営業部長だったが、もはや気力が尽きていた。
「これに懲りたら、タコ焼きは止めて、玉子焼 (あかし焼き) に専念するのじゃぞ」
老翁はこう告げると、工場を後にした。
◇◇◇
貴族令嬢・黒い安息日は宮殿で朝のコーヒーを嗜んでいた。最近のお気に入りは「UCC職人の珈琲」、40杯分を箱買いだ。最近売ってないから、近いうちにリニューアルと称して値上げするに違いない。え?豆をひかないのかって?後片づけが面倒……
「お嬢さま、今朝の新聞でございます」
執事の爺やが各社の新聞をワゴンで運んできた。さて、どれを読もうかしら……
【朝日新聞】
文章は美しいが紙面は赤い。意外にも中国が嫌いらしい。
【毎日新聞】
昔はスクープも連発していたが、最近は元気がなく紙面も赤い。
【産経新聞】
ネットでは大人気だが発行部数は悲惨、地方紙に負けてたりする。
【読売新聞】
紙面は保守だがナベツネは元左翼運動家。
【聖教新聞】
さすがに勘弁、意外にも公明党に厳しい。
【赤旗】
これも勘弁、日本共産党の収入源。
【神戸新聞】
中身は朝日の赤き地方紙、とはいえ兵庫県内で圧倒的に売れている。
【デイリースポーツ】
真実を伝える唯一の報道紙、阪神のプロパガンダ色が強い。
(注釈:筆者の主観であり、冗談の通じない方のご意見ご感想はノーコメントとさせていただきます)
「さて、どれを読もうかしら」
朝からコーヒー片手に新聞、これに老眼鏡があれば完全にお爺さんムーブだ。黒い安息日が手にしたのは「明石新聞」 (The Arkhashi Advertiser) 。アーカシ市の地方紙だ。
一面の記事は、どこかの工場で事故があり粘膜まみれになった事件についてだが、そんなことより広告だ。
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ギョウ・スー × 明石物産
お買い得まみれ!「 総 力 祭 」
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こ……これだよ視聴者が求めているモノは! (魁!クロマティ高校)
チャルメラ5食入り348円なんてラァ・ムーンより安いじゃないの!
お気がついて、おかめ納豆なんて78円ですわよ?
ギョウ・スー……おそろしい子……
オーホホホホホホ!
もはやガラスの仮面ごっこしている場合じゃない。
ギョウ・スーのダンジョンは、愛馬アードレスに乗るまでもなく徒歩圏内。
迷う理由があろうか、いや無い。
ぬか漬け用のキュウリも補充せねば。
マイバックを手に、いざ出陣!