貴族令嬢、密談する
ELOIM ESSAIM
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古き躯を捨て、蛇はここに蘇るべし
呪いの闇に巣食う者よ
毒持てる蛇、禍々しき悪魔よ
今こそ現われて災いの力を貸せ
姿を見せよ、来たれ
復讐するは我にあり、我これを報いん
ELOIM ESSAIM
我は求め、訴えたり
(CV:沢田研二)
────魔界の汝等 (うぬら) 、地獄へ戻れ!
(CV:千葉真一)
◇◇◇
深夜2時、いわゆるウシミツ・アワー (忍殺語) 、南木景樹は来客を待っていた。
護衛として屋敷周辺に忍びを数名配置、側近に腕の立つくノ一 (女忍者) を控えさせている。
ごとり。
隠し扉が開く音が聞こえ、程なくして十二単の貴族令嬢・白い定休日が部屋に入る。連れているのは洋装の女、これが話に聞いていた貴族令嬢・黒い安息日か。
「元明石市役所職員、南木景樹です」
「貴族令嬢、黒い安息日ですわ、ホーホホホ!」
自己紹介は済んだ。
時候の挨拶など不要だろう、本題に入る。
「貴女は市長より勅命を受けていると伺いました」
「ええ、あかし焼きに続く新たな名物を探せと命を受けましてよ」
「貴女は市長をどう思われる」
言わんとすることは、わかる。
言いたいこともある。
しかし迂闊な発言は避けなければならない。
アーカシ市民は迂闊なことを口にしない。どこに耳があるか分からない。市長を崇拝する狂信的な連中の耳に入れば、どんな恐ろしい事態を招くか想像に難くない。話の流れを変えよう、南木景樹の横に控える忍び装束の……女の子?
口元は隠せても、小柄な体型と美しい瞳は黒い安息日を惹きつけた。
「あら、ずいぶんと可愛らしい忍びね、お名前は?」
「翔子 (しょうこ) っす!」
「あらお元気な方ね、翔子さんとおっしゃるのね」
「はい!」
忍者と言えば控え目であると思い込んでいた黒い安息日は、思いのほか元気な女忍者に驚いたが、同時に安心感を覚えた。どうもこの場は、空気が重い。特にこの南木景樹とかいう男の雰囲気がただならない。
「翔子、控えよ」
「はっ、失礼しました!」
あまり控えた感のない翔子の返事はともかく、南木景樹は質問を続ける。
「然らば、あかし焼きについて如何思われる」
「とっても美味しい素敵な名物だと思いましてよ、ホーホホホ!」
「されば何故、あかし焼きが市の独占販売か、ご存知か」
「さて、それは……」
部屋の照明に一匹の蛾。
それは鱗粉を撒いて、室内を舞う。
まるで密談を……
……監視するように!
白い定休日が印を切る、続けて真言。
「六根清浄、急急如律令」
蛾が燃え、灰になる。白い定休日による五七五以外の発言を、黒い安息日は初めて聞いた。
「白音の君 (しろねのきみ) 、術師は何者か!」
「わからんえ されど予想は つきますえ」
南木景樹は白い定休日を「しろね」と呼んだ。真名かどうかは怪しいものの、白い定休日の名前を、黒い安息日は初めて聞いた。
灰となった蛾、いや、焼けた呪符がひらひらと地に落ちる様を、南木は呟きながら見つめていた。
「我怨天子無絶期 (我天子を怨むこと絶ゆる期無し) 」
その夜はこれで解散となった。黒い安息日は宮殿へ送られ、白い定休日こと白音 (しろね) の君は身を寄せている神社へ、南木と忍びの集団は闇へ帰るのだった。
◇◇◇
有馬 翔子 (ありま しょうこ) は摂津有馬氏の流れをくむ家柄で、分家筋ではあるが、長らく本家を支える影の役割を担ってきた一族の末裔である。唐櫃 (からと) 衆とも呼ばれ、裏六甲周辺に郷士として根付いてきた。翔子は族長の娘である。
珍しいことだが一族は母方の血統を重視しており、「翔子 (しょうこ) 」の名前は代々受け継がれている。それは有馬家を名乗るより古く、現代ではその起源も失われ理由は不明とされている。
南木景樹が六甲へ登山する過程で翔子と知り合った、そう思われるのだが関係性は不明である。南木は妹のように、翔子は兄のように慕っているかに見えるが、南木の瞳は冷たい。とくに市役所を退職後は、それが顕著になった。
有馬翔子は案じている。
昔の南木景樹が見せていた穏やかな表情を取り戻したい。六甲の野草を愛でる彼の横顔をもう一度見たい、なんとしても。
意味は分からないが古より一族に伝わるおまじないを唱え、前向きに頑張ろう。
それが私らしい生き方、次期族長、翔子 (しょうこ) っす!
「天家璃々!」
(てけり・り)