月光蟲 2
明石地下城 (ミンシェヂィシャーヂョン)
地下一階
市民課
「 ELOIM ESSAIM
ELOIM ESSAIM
古き躯を捨て、蛇はここに蘇るべし……」
シスター、レイコ・天草・フェルナンデスは
手に持つ頭蓋骨を
信濃守千代丸の首に並べて置いた
「ふふふ、婚姻届けよ、永遠に愛し合うがいいわ」
修道服の裾をなびかせ
数歩すすんだ足元には
稀覯 (きこう) 本【 玄君七章秘経 写本 】
それを拾い上げると
シスターはさらに進む
そこは複雑に絡み合う触手が蠢 (うごめ) いている
「あはは、なんだか、右手と左手で争ってるみたい」
シスターは仕組まれた茶番を見て笑う
そうだとも
そうだとも
片や、アーカシ・ウォンターナを拠り所とした邪神
片や、海野アケミを拠り所とした邪神
拠り所は違えど中身は同じ、ひとつの邪神なのだ
◇◇◇
元々は日記だった
孤独で単調な日々が綴られ
誰に読ませるつもりもなかった
少しずつ願望が加えられ
捏造された日々
解釈によっては創作と言えるのかもしれない
だが、毎日は楽しいことばかりじゃなかった
辛いことを
悲しいことを
寂しいことを
何かに例えて書き綴り
誰かに例えて書き綴り
何処かに例えて書き綴った
黒い安息の日々を書き綴った物語
自己完結するには膨大すぎたそれは
アウトサイダー・アートの一種なのだろう
やがて人目に晒すことで
賛同や共感を得ることで
辛いことを
悲しいことを
寂しいことを
癒せるようになった
だが、違う、違うだろう?
その日記を
その物語を
その捏造を
その創作を
そんな安い値段で売り払って満足か?
黒い安息の日々は、もっと憎悪で満ちてなかったか?
【 孤独 】
創造主が観測者に叩きつけたいと欲するのは
作者が読者に突きつけるのは
矛盾しても捏造しても表現したいのは
【 孤独 】
孤独こそが個性
孤独こそが芸術
孤独こそが真実
孤独こそが人生
【 玄君七章秘経 写本 】が生み出す邪神は
作者・黒い安息日の孤独
共感を拒む内面でありながらも
クトゥルフの神々を産んだラヴクラフトに感じる
……孤独の共感なのだ
◇◇◇
貴族令嬢・黒い安息日は宮殿で目を覚ます。
「おはようですわ、ホーホホホ!」
午前五時、夜明けには早い。基本怠惰な彼女だが、朝だけは無駄に早い。年のせいで高血圧だからでは、などと邪推な勘繰りは良くない。若く健康的だから目覚めが良いだけだ。勘のいいガキは嫌いだよ。
「今日はお城へ呼ばれてましてよ」
「あかし城」の説明をしよう。
「あかし城」とは兵庫県南部、マサチューセッツ州にあるアーカシ市の中心にある廃墟の城である。天守閣がないかわりに広大な地下墓地が建造されており、アーカシ市の死者はここに集められている。30万の亡霊が漂い、明石地下城 (ミンシェヂィシャーヂョン) とも呼ばれ、誰も近寄らない……
◇◇◇
風雲あかし城
三番目物【鬘能】
了




