元祖 南木景樹伝説
おもてなし、それは即ち
うらはある、という事だ
丁重な接待には、それなりの理由が存在する
南木景樹が眷属の男ルリヲとの接見に指定した場所は
彼が隠れ家とする一見の邸宅であった
他にも数件の隠れ家は存在するとはいえ
そのうち一件の情報開示を行ったのは
以前、問答無用に斬りつけた景樹なりの
謝罪の意味が込められていた
畳、障子、この和室に正座する南木景樹
その正面にて同じく正座する眷属の男、ルリヲ
「南木景樹です」
真顔で自己紹介をする南木景樹
いや知ってるよ、そう思ったルリヲだが
彼は景樹が致命的に不器用な変人であることを知らなかった
「へ、へえ、あたしはルリヲと申します」
返礼として名を告げるルリヲ
しかし南木景樹の自己紹介は続く
「三十二歳厄年、フルーツ好きの日本共産党員です」
三十二歳は厄年ではない
さらに言うと、景樹は共産党員ではない
赤旗を購読したこともない
これは彼なりのジョークなのだが
もちろん全く笑えない
ルリヲは動揺した
意味が分からないからだ
むしろ正常な反応と言えるだろう
話をそらそうと庭を見た
縁側にスズメが三羽
「お。旦那、スズメが三羽、サンバを踊っておりますぜ」
ルリヲなりの苦しいジョーク
これが電信柱の上だと尚良しだったのだが……
しかし南木景樹は微動だにせず
真顔で返答する
「スズメじゃない、猛禽類だ」
「はぁ?」
「モッズ系猛禽類、自称、鳥の調教師」
「…………」
助けてくれ
ルリヲは心で叫んでいた
日本語は通じるが
何を言ってるのかわからない
ルリヲの正直な感想が口から漏れ出す前に
景樹の正直な心情が口から漏れ出した
「好感度を上げたいんです」
「はぁ……」
「故に学んだ小粋なジョーク、如何に?」
「如何に、と言われましても……」
何処で誰から学んだというのか
そう聞きたかったルリヲだが
面倒なので本題に入ることとした
「旦那、侍と武士の違いはご存知で?」
「無論」
「あたしは侍、旦那は武士、でございましょう?」
「然り」 (しかり:その通り)
侍 (さむらい) とは貴人や主君に従う者を指す
武士とは武人、主に武器を手にし戦う者を指す
「あたしは眷属ではありますが、アーカシ市役所の侍」
「ふむ」
「アーカシ市民に仕える公僕でござんす」
生まれた時に負った宿命よりも
生きる過程で得た使命こそ肝要
宿命など早々に切り捨て、人は使命に生きるべし
公僕 (こうぼく) とは公衆・公共に奉仕する者
即ち公務員
貴族の義務 (Noblesse Oblige) を実社会において
具体的に実行する使命をになう崇高な存在である
かつて特権階級の言い訳であり
時に嫌がる彼らを戦場の最前線に立たせた
愉快にして残酷な宿命、貴族の義務 (Noblesse Oblige)
歴史は進化する
進化とは効率化である
宿命は使命へ
特権は選択可能な職業へと変化し
細分化され労働に応じた金銭を支給する職業となった
ゆえに公務員は「給料」ではなく「俸給」である
安定した収入と雇用を保証し営利を目的としない
長い階級闘争の末に人類が獲得したシステムである
「あたしたちがアーカシ市長の眷属である以上、彼女に逆らえない宿命を負っているのは事実です」
「…………」
「ですが、アーカシ市長は生来の邪神だったわけではありませんし、今も葛藤の最中にあるのです」
眷属の男ルリヲ
膝を崩さず景樹との距離を詰める
「姿かたちは、どうであろうと、葛藤している限りアーカシ・ウォンターナ市長は人間です」
眷属の男ルリヲ
額を畳に押し付け深々と頭を下げる
「力を貸せとも、黙って見逃がせとも申しません、ただ、市長も人間、今だ迷える子羊であるということを、どうかご理解いただきたいのです」
眷属の男ルリヲ
彼はアーカシ・ウォンターナから発生した生命であり
欠片とは言え生物的に100%のアーカシ姫とも定義できる
だが、自由意思を持つ以上
それは個であり
それは子であり
母マリアより生まれしイエスのように
確固たる使命を果さんとしていた
袂を分かったとはいえ
かつて自らも公僕であった南木景樹
どうしても許せない儀もあるのだが
それはアーカシ・ウォンターナ個人に対してではない
「……面を上げられよ、ルリヲ殿」
少なくとも現アーカシ市役所が
南木景樹の一党に対し敵意が無い事は理解した
だが、景樹はそんなことよりも
使命に準じるルリヲ、その公僕の姿に
感じ入るものがあった
「……委細承知した、南木景樹、暫し状況を鑑みる」




