綾音、頭をよくしてあげよう (望み叶え給え)
南木景樹は指定された待合場所
廃ビルの屋上を目指す
かろうじて営業している一階の飲食店
そこでケンカ騒ぎでも起きているのか、若干騒がしい
だが、今は些事に拘っている場合では無い
◇
看板の照明が照らす廃ビルの屋上
二人の女が立っている
サングラスをかけたままの、海野アケミ
虚ろな瞳の、妹・南木綾音
「久しぶりやな、景樹ちゃン……」
照れくさそうに、そして寂しそうに海野が声をかける
しかし南木景樹は冷えた刃を突きつけるように答えた
「妹を返せ、海野アケミ」
かつての市長
かつての秘書
元明石市役所 政策局 秘書課の筆頭剣士、南木景樹
元明石市長 海野アケミに妹の返還を求める
海野アケミは何かを言おうとした
だが、言わなかった
本当は言いたかった
だが、飲み込んだ
「ほら、綾音ちゃン、お兄ちゃんのとこに戻りや」
優しく
そう声をかけ
南木綾音の背中を押した
南木綾音は命令と判断したのか
すたすたと前進、兄・景樹の元へ向かう
「…………」
無言だった
数年ぶりの再会を果たしたはずの兄妹
言葉は無かった
遠く離れた場所から、眷属の男ルリヲが覗き見ている
彼は驚愕していた
理解が追い付かない
まず、南木景樹と海野アケミは結託していると思っていた
だが、状況から察すると明らかに良い関係性とは思えない
ず……ずず……ずずず……
ゆっくりと
ゆっくりと
南木景樹が剣を抜く
猛烈な殺意にルリヲの首がすくむ
まさか……妹を?
いや、違う
その殺意は
海野アケミに向けられている
「海野アケミ、貴様を、殺す」
わざわざ口にせず
黙って斬ればいいのだが
南木景樹にとってこれは復讐劇
此処に始まる物語
此処に終わる物語
「 物語 」は常に「 はじめに言葉ありき 」
必要不可欠な、死の宣告
海野アケミ
唇を震わせた
それは恐怖?
それは懺悔?
海野アケミは決められた台詞のように
感情の無い声で告げた
「まだや、まだ早いねン、景樹ちゃン」
動いた
南木景樹、前に出る
いや、ぬるりと、前に、沈む
身体を前方に沈ませ、足を狙う横斬り一閃
「チェ────────ヤッ!」
剣道では使わない残酷な技法
致命傷とはならないが、足を斬られれば移動が出来ない
そうなった相手をねっちりと切り刻んで絶命させる
だがしかし
海野アケミは避けた
どう考えても運動神経の鈍そうな中年女性が
尋常ではない速さで後方に退いて
神速の斬撃を捌いたのだ
「む。」
南木景樹、思わずうなる
海野アケミ、そのまま後ろ向きにトントンと距離を空け
最後はなんと、隣のビルの屋上に飛び移った
大した距離ではないにしろ
一般の中年女性が出来る行為ではない
度胸、いや、身体能力から察するに、不自然すぎる
飛び移った先のビル、その屋上で
海野アケミは振り向いた
彼女らしからぬ行動でサングラスを落としたらしい
その目は……
「景樹ちゃン、この償いは必ず、それも近いうちに、な。」
海野アケミはそう告げると
ビルの向こう側へと去っていく
南木景樹、追うことも考えたが
今は妹の保護を優先した
「綾音、大丈夫か、気をしっかり持て」
眷属の男、ルリヲ
ここで自身に選択を迫る
海野アケミを追うべきか?
可能なら最も望ましい選択ではある
あの不自然な身体能力、そしてあの「目」
先ほどの彼女らしからぬ助っ人の募集方法
……そもそも、今まで何処にいて、誰に匿われている?
欲しい情報は山のようにある
だが、想定外のことが多すぎて先が読めない
逃げられる可能性もある
なら、最も確実な方法を選択しよう
インテリジェンス (諜報活動) は危険を伴うが
必ずしもハイリスク & ハイリターンを狙うわけではないのだ
「旦那、ナンギの旦那」
眷属の男、ルリヲは声をかける
姿はまだ見せない
「へへ、斬り合いは勘弁くだせえ、争う気は御座いません」
「……何用だ」
「いえいえ、救急車か、タクシーでもお呼びしましょうか?」
「…………」
「いえね、前から声をかけようと思ってたんですが」
「…………」
「今しがた、色々見ちまったもんで」
ここでルリヲ、物陰から姿を見せる
南木景樹、訝しげに彼を見る
「あたしが信用ならねえのはごもっともで、ですが」
「…………」
「ですが、争う気はねえことだけ、お含みおきくだせえ」
「……承知した」
南木景樹、スマホを取り出し唐櫃衆に連絡を入れる
ルリヲ、後日改めて景樹と会う約束を交わし
今宵は互いに去ることとした




