シベリア行超特急
場所は伏す
水死体が上がった
通報を受けた警察が駆けつけ
程なくして刑事が姿を見せた
所持品から死体の身元が割れる
・ 〇〇 (男の名前) ▲▲歳
・ アーカシ市在住
・ 王政復古派構成員
これは……
確実に公安が関わる事件となるだろう
刑事は署に電話をかけた
「……もしもし」
「はいどうも、〇〇署でーす」
「……水死体の件ですが」
「それは死体かな? それとも遺体かな?」
「……どういう意味です?」
「男は死体 (したい) 、女は遺体 (いたい) 、なんちゃって」
刑事は電話を切った
間を置かず電話が入る
「……もしもし」
「怒るなよ! 刑事にはもうちょっとユーモアが必要だよ」
「……俺はアンタにノーモアですが」
「まあまあ、ところで水死体は虫が湧いてたりする?」
「……いえ、魚が集まってはいましたが」
「そっか、死人が蜂 (しにんがはち) にはなってないんだ」
刑事は電話を切った
間を置かず電話が入る
「………………」
「ゴメンて! 現場が重くならないよう気遣ってるんだよ」
「……銃の引き金が軽くなりそうです」
「怖いこと言うなよ! で、水死体の詳細は?」
「……データを送ります」
「どれどれ、ふんふん、こりゃ見せしめだな」
「……でしょうね」
「拷問を加えた後で、わざと見つかる場所に放置したな」
「……死因は溺死ではない、と?」
「まあ検視の結果待ちだけど、明らかにコロシだな」
刑事と言えばトレンチコートで
苦み走った初老の男
……というイメージを持ってしまいがちだが
現実は街に溶け込む普通の人である
まあ、見る人が見れば一目瞭然ではあるが……
通常、目立たないのが基本なのだ
だが、しかし……
現場に妙な車が到着した
アメリカの古いパトカー
しかし中から降り立ったのは
旧帝国陸軍将校のような衣装に身を包んだ
恰幅のいい髭の中年男性だった
「いやあ、殺人事件って本当にいいもんですねぇ」
ニッコニコの笑顔で恐ろしいことを口にする中年男性
彼は警視庁公安部、名は水野 (ミズノ)
いわゆる公安、しかもゼロ (四系・チヨダ) だ
日本のFBI、それが公安であり
ゼロは■■の情報収集を主とした組織である
作業班とも呼ばれるが詳細は不明
(注:都市伝説ではない、実在する)
水野は水死体を観察し、周囲をカメラで撮影した
そして刑事に挨拶を交わす
「いやあ、警察の制服はいいもんですねぇ」
「……そ、そうですか」
「刑事さんも制服だったら、もっといいんですけどねぇ」
「……意味がワカランのですが」
「あ、この事件はお蔵入りしますよ、確実に」
「……ホシはあがりませんか」
「組織をつつけば、身代わりのホシが出るかもですけどね」
「……その組織はどこなんです?」
「まあ、お気になさらず、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」
水野はそういって三度サヨナラの挨拶を繰り返し
クセの強いパトカーもどきに乗って立ち去ろうとした
余談だが三度のサヨナラは水野の上司の口ぐせらしい
だが刑事は食いついた
走り出そうとする車を追いかけ
大声で叫んだ
「その組織って、何処なんです!」
車は走り去った
水野は聞こえるはずのない小さな声で
そっと呟いた
「明石だんご協会、ですよ……」
◇◇◇
海野アケミ前市長がスパイに仕立て上げた男
元シスターの手先は良い仕事をした
海野が欲しがった情報を的確に盗み出し
重要人物の居場所や人員配置
秘匿された数々の物品も確認できた
とはいえ潮時だ
海野アケミは客船に乗っていた
居場所を掴ませないよう、常に移動しているのだ
明日は支援者が用意した観光バスで一日を過ごす
船内でラジオのニュースが流された
近隣で水死体が発見されたとのこと
氏名こそ明かされなかったが
報道された特徴から察するに例の男だろう
海野アケミは潮の流れを掻き分ける船の甲板で
「日本だんご協会」の素早い行動に感心していた
「さすがや、しかも躊躇あらへンがな、あははは!」
彼女は自分を陥れた連中の手先を利用して情報収集し
その事実を協会にバラすことで復讐も果たしたのだ
「害虫の駆除を害虫にさせる、これぞSDGsや、あははは!」
情報の漏洩によって彼らは混乱しているだろう
重要人物や秘匿した物品も移動させているだろう
だが、その移動こそが情報の真偽を確定させるものであり
どこまで情報が漏れたのか確認できない現状こそが
海野アケミの仕掛ける情報戦なのだ
「そろそろ出番が来るで、綾音ちゃン」
客室で膝を抱える南木綾音
その視線は定かではないが
その左手は刀の鞘から離さない
「ごめンな、綾音、悪いのはウチや……」
海野アケミは綾音をそっと抱きしめた
正気を失った南木綾音だが
実は海野の方が深刻だった
「全部済ンだら、必ずウチも殺してや、綾音ちゃン……」




