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風雲あかし城  作者: キャベツが主食の☆黒い安息日
三番目物【鬘能】
49/59

Go! Go! Go! Official Vehicle



  車内はアンバー・ムスクの香水が漂っている



 黒い安息日の宮殿から少し離れた場所に

 市の公用車が隠れていた

 偶然をよそい現れた信濃守千代丸だったが

 市役所幹部職員の要請に応じて送迎されていたのだった


 宮殿から出てきた千代丸が帰ってきた

 公用車の運転手が一礼して後部座席のドアを開ける

 千代丸は無言でシートに座り

 運転手は笑顔で運転席に入る


 公用車の運転手は公務員ではない

 市職員が兼用する場合も無くは無いが

 公募で直接雇用か外部委託が一般的である



「お疲れさまでした、ご自宅へお帰りになりますか?」



 運転手は女性だった

 彼女は川崎重工・明石工場から派遣されている

 公用車はKawasaki H2Rのエンジンを二基搭載

 外装はリムジンを模した特殊車両

 千代丸専属と言うわけではなく、公用車を使用する場合

 誰であれ必ず彼女が送迎するのだ



「今の秘書課に顔出してもねえ、家に送って頂戴♡」


「かしこまりました」



 運転手が車両を静かに走らせる

 完璧でスムーズな運転

 常に笑顔で人当たりの良い彼女は市職員からも評判がいい

 彼女は千代丸に話しかける



「今回は、急なお呼び出しだったのではありませんか?」


「まあね♡」


「公務とはいえ、大変ですね」


「ふふふ♡」



 信濃守千代丸は自由に生きる

 その気にならなければ、誰の命令にも従わない

 なぜなら彼は強者であり、魔人なのだ

 その気になれば市役所職員を■■することも出来るだろう

 それが緊急の要請を受け、従うほどの事態


 千代丸は後部座席で笑っている

 何がそんなにおかしいのか

 そりゃおかしいだろう


 運転手?

 このアーカシ市の?

 主に幹部職員を送迎する公用車の?

 それが特定企業からの外部委託となれば、ねえ?



「……聞きたいんでしょ♡」


「え?」


「……あの宮殿に、誰が住んでて、何者なのか♡」


「いえ、あの」


「……ふふふ♡」



 千代丸は意地が悪い

 特に女性に対しては

 青ざめつつも平静をよそう運転手の

 大人な対応を堪能した千代丸は大声で笑う



「なあんてね、別に深い事情なんてないわよ♡」


「は、はあ……」


「宮殿にいるのはアーカシ市長のご友人よ♡」


「はあ」


「ワガママ女でさ、暇だから来て欲しいって♡」


「そ、そうだったんですね」


「あんたのとこにも大したことないって報告しといて♡」


「いやそんな、ハハハ……」



 運転手も自分がスパイだとバレていることは承知している

 そもそも千代丸ならずとも多くの幹部職員は気付いている


 だが川崎重工明石工場はアーカシ市の敵対組織でもないし

 流されて困るような情報は随時コントロールしている


 スパイなんてどの組織にも必ずいる


 ■■の上層部だって明らかに極左のシンパが入っているし

 (某組織は無線の傍受を機関誌で自慢げに暴露している)


 国内政治だって与党も野党も魑魅魍魎で

 自民党が党内のスキャンダルを▲▲に流した例もある

 (自民と▲▲は票田が被らないので実は政敵ではない)


 国際政治なんて国家元首がスパイとか枚挙にいとまがない


 これは陰謀論といった類の幼稚な話ではなく

 組織とは常にそういったバランスの上で成り立っている

 隠蔽体質に徹した集団は一瞬で崩壊したりするなど脆弱だ

 情報は必ず漏洩する

 重視すべきは、そのコントロールだ



「市長が貧乏時代にご友人が面倒見てたらしいの♡」


「へえ、そうなんですね」


「そう、だから今でも頭が上がらないんですって♡」



 そんな事実はない

 虚実織り交ぜるのが情報戦

 だが千代丸はそこまで考えているわけではない

 適当なことを言って、からかっているだけだった



◇◇◇



 自宅に戻った千代丸

 まずは大きなソファーにどかりと腰掛けた

 テーブルに置きっぱなしのビターな板チョコレートを掴み

 バキリと音立てかぶりつく

 飲みかけだった、ぬるいコークハイを煽り

 あの日を思い返す


 筋肉女を沈め

 筋肉女に沈められた、あの日



 気付けば不思議な部屋にいた

 窓からは魚の泳ぐ姿が見えた

 その向こうに朽ちた石柱

 水中の館


 部屋には教会の説教壇のようなものがあり

 見れば聖書のようなものが置いてある

 だが、明らかに違う

 文字は読めないが禍々しさに満ちたその本は

 世界を、時空を狂わせんとする悪意を感じさせた


 千代丸が本を手に取る

 表紙にはこう書かれていた



 【 纳克特断章群 】



 なぜ文面は読めないのに表紙はかろうじて読めたのか

 ……わからない

 そもそも本に書かれているのは文字なのか

 ……何かの、ソースコードにも見える


 千代丸は本を落とした

 熱かったのだ


 本から、いや、その周囲から

 猛烈な熱気が発せられ

 水蒸気のようなものが部屋を覆う

 千代丸は部屋を出て廊下を走る

 その行き止まりに扉があり

 それを開くと海水がなだれ込んできた

 

 そこから渦に巻き込まれ、ほどなく海面へ

 沖は遠かったが、泳ぎ切れないほどではなかった


 その翌日、明石市は深い霧に包まれる



 何が起こったかは分からない

 ただその日から

 確信めいた予感がするのだ



「きっとどこかにもう一人、私がいるわ♡」



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