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風雲あかし城  作者: キャベツが主食の☆黒い安息日
三番目物【鬘能】
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イカ天とジェノバライン


 南木景樹は町に出た

 寺山修司のように書を捨てることはできず

 読み古した単行本を手にしている


 大槻ケンヂの詩集だった

 劣化が激しく、表紙は失われ、色褪せている


 その詩の内容も、意味があるのか無いのか


 銀色夏生のように、切ない瞬間を言語化するでもなく

 金子みすゞのように、慈愛に満ちているわけでもなく


 むしろ卑小で弱い男が

 自分は特別でありたいと思い悩み

 呻 (うめ) く言葉が詩となり赤裸々に綴られている


 その呻きが、景樹の胸を突いた

 その呻きが、大槻ケンヂの世界

 その呻きの朗読が、筋肉少女帯


 ……うまく言葉にできないのだが

 サブカルを愛し創作活動を続ける人に届けたい何かがある


 狂人よ


 誰もが自分は特別と思い込み

 時に大海原へ身を投げる


 いつかどこかへ辿り着くと信じて


 だが狂人よ


 誰もが溺れるしかなく

 大海を前に身の程を知る


 濡れて浜辺でなげくのだ

 やがて忘れたふりをして

 乾いた笑いを投げるのだ


 それでも泳ぎ続ける汝、愛しき狂人よ



◇◇◇



 南木景樹は明石のフェリー乗り場近くに足を運ぶ

 そこはかつて「たこフェリー乗り場」と呼ばれ

 今は「ジェノバライン」と名を変えている


 景樹は「たこフェリー」という愛称を好んでいた

 安っぽく、ゆえに愛らしい

 船内で売られていた「たこフェリー」グッズの数々も

 今はただ懐かしい


 そこから数分も歩けば「明石ほんまち三白館」という

 大衆演劇の劇場がある

 そんな土地柄だから周辺の飲食店も

 年季が入って味がある

 せっかくだし昼食をここで頂こう

 景樹はそう考え、手近な食堂に入った



 南木景樹は元より明石の住民であり観光客ではない

 よって現地の名物や特別なご馳走を欲してはいない


 豪華な海鮮丼や新鮮な刺身も不要

 侘 (わび) しい男に相応しい

 寂 (さび) れた海沿いの食堂

 質素で平凡な昼食を欲しているのだ



「はいよおまたせ、イカ天定食ね」



 老婆が景樹の前に長方形の盆を置く

 イカの天ぷら、白米、みそ汁、漬物


 かつての「たこフェリー」乗り場、その近隣の食堂で

 明石を代表する名物である「たこ」をあえて外す


 これぞ、風流 (注:諸説あり)



「いただきます」



 南木景樹、イカ天定食を静かに堪能する

 ありがちな食材

 ありがちな調理

 特筆すべき点は何もなく

 どこかで食べた味が

 どこかで失った記憶を呼び起こす


 脳裏に浮かんだのは

 ロックバンドのオーディション番組

 誰もが自分は特別だと信じて応募し

 有象無象のバンドが現れては消えていった


 華やかでイカす、天国のような

 もう戻らない、過ぎ去りし時代……



◇◇◇



 南木景樹は店を出た

 どこかで腰を据え、詩集を読むつもりでいたのだが

 小雨が降ってきた

 ままならぬものだ……


 汽笛が聞こえる

 ジェノバラインの出航だろうか

 これが鐘の音ならば、無常感も味わえたろうに



「明石港 (あかしみなと) の船の声

             諸行無常の響きあり……」



 ぷっ……

 くくく……


 南木景樹のくだらない戯言が聞かれたのか

 誰かが笑っている

 そして漂う、生臭さ……

 景樹、鯉口を切り抜刀の構え



「何奴だ、名乗れ」



 雨脚 (あまあし) が少し強まる中で

 それは現れた

 海洋性特殊外来生物とも違う

 人のふりをした魚類

 アーカシ市長の血肉を受けた人外

 人呼んで【 眷属 】 (けんぞく)



「いけません、いけませんな旦那、笑わせるなんて」



 わずかに魚類を思わせる独特の顔をのぞけば

 まるで人間にも見える

 人ごみに紛れば気付かれぬだろう

 だが、漂う生臭さと

 瞬きをしない不自然な丸い目


 典型的なインスマス面 (づら) の男は濡れた体を

 ……いや、濡らしたい身体を南木景樹に近づけた



「旦那、旦那がナンギカゲキ、でいいんだろ?」


「問答無用」



 南木景樹、抜刀

 神速の横一文字斬り

 眷属の男、ひらりと身をかわす



「あぶねえ、あぶねえ、旦那、躊躇しねえんですかい」



 景樹、返す刀で

 続けて袈裟切り



「あぶねえ、聞いてたより、あぶねえ人ですな、旦那」



 眷属の男、かなりの身体能力

 南木景樹の太刀筋から逃げ切った

 濡れた足元が逆に功を成しているのか


 だが称賛 (しょうさん) する訳でもなく

 景樹は刀を右後ろに下げる

 剣先を隠す「陽の構え」 (脇構え)

 

 太刀筋が読まれるのであれば

 太刀そのものを隠せばよい

 間合いに入れば、ただ斬るのみ

 

 一切の雑念を切り捨て

 自分をただ斬るだけの「装置」に近づける

 まずは自分を「殺す」

 次いで対手も「殺す」


 

【 朝霧流 鵺打ち・牙飛出 】 (きばとびで)



 雨粒が止まった

 雑音が止まった

 呼吸が止まった

 鼓動が止まった

 血流が止まった

 時間が止まった


 何もかもが静止した瞬間

 ただ、大上段からの太刀筋だけが……



「シィ────────ヤッ!」



 風を斬る音すら遅れて届く神速の斬撃

 だが

 だが

 眷属の男はそれも

 それすらも避けた

 本降りと言える雨脚に助けられた奇跡



「だめだ、だめだ、旦那とは話になんねえ」



 眷属の男、異常な跳躍力で屋根に飛び移る

 すぐに姿は見えなくなり

 去り際に声だけ残す



「へへ、へへ、次また、お会いしましょう」



 南木景樹とて、そこまでは追えない

 ただ刀身を拭い鞘に納め呟くのみだった



「魔界の汝等 (うぬら) 、地獄へ戻れ」



 フェリーなき港の水面 (みなも) は雨に乱れている



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