日本明石化計画
明石地下城 (ミンシェヂィシャーヂョン)
旧・明石城の地下に建造された広大な施設
アーカシ市役所の主な部署はその地下一階にある
市民も訪れる場所であり、近代的な設備で整えているが
下層に下るほど、武骨な構造となり
最下層は洞窟と呼んで差し支えない
現アーカシ市長、アーカシ・ウォンターナは
地下城の最深部で夢を見ている
眠ってはいない
眠れない
眠りたい
もう……疲れた……一緒に寝よう……オリビア
……オ★ビア
……▲リ◆■
「★■◆●Θ▼◆§★■◆●★▲●Θ▼◆§★■★▲◆!」
……ズゥン!
アーカシ市長が、彼女が憎悪を滾 (たぎ) らせるたび
地底は削られ、深く沈んでいく
明石地下城の大きさは
彼女が人間だった頃の
心の、傷の深さなのだ
この世の全ての建造物はきっと、人間の深層心理の表れ
六甲山から夜景を見るとき
飛行機から市街を見るとき
高揚感を得るのは、そういうことなんだろう
街を創った人々の向上心に共感しているのだ
山は……
海は……
オーガニックなものに感じる優しい母性の裏側
オーガニックという言葉に感じる奇妙な不信感
子離れ出来ない母の情念
親離れできない子の執念
愛する者を奪われた怨念は1000年を超える
私たちは自然を愛しているというより
そこから離れることを恐れているのでは?
まあ、アーカシ・ウォンターナには関係ない話だ
彼女はすでに、人間を捨てた
彼女はもはや、神なのだから
◇◇◇
「宗教など民衆のアヘン、神など階級闘争の敵ですわ!」
情報管理課の新たな職員、赤井旗子が声を上げる
失踪した課長代理に変わり増員された彼女だが
常勤嘱託、つまりパートである
あまりに優秀な仕事っぷりに
正規な市職員にならないか、と声をかけると
なぜか興奮し意味不明な弁論を展開
妙に偏った思想と結びつけ熱弁するのだ
これさえなければ……
誰もがそう思うのだが、市役所の実態を鑑みれば
彼女にとってむしろ良い事なのかもしれない
「万国の労働者は団結しプロレタリア独裁の……」
「わかった、悪かった、もう勧誘しないから」
うっかり正規の情報管理課職員として
勧誘しようとした課長は自らの失言を悔いた
「では、業務に戻ります」
「うむ、そうしてもらえると助かる」
赤井旗子はデスクに戻り
式神のネットワーク構築作業を再開した
カタカタカタ……
陰陽とプログラミング言語を高度に組み合わせ
失踪した琥珀 紗音 (こはく しゃのん) 以外には
制御不能とされた式神のネットワークを
まるで知っていたかのように彼女は組んでいく
課長が勧誘するのも分らなくはない
だが赤井旗子の赤いTシャツは
大きくレーニンがプリントされ
とてもじゃないが公務員には向かない人材だ
「さて、勤務時間は終了です、私は帰ります」
「おつかれさま」
「課長、帰りに私、いや私たちと飲みませんか」
「え、遠慮する」
「課長も私たちとオルグって総括しましょうよ」
「か、関わりたくない……」
後ずさる課長を尻目に赤井旗子は職場を後にした
地上に上がり市役所から離れた場所で
彼女は小さくため息を吐いた
「あーホンマ 阿保を騙すの しんどいえ」
赤井旗子、いや、白い定休日 (白音の君) は
派手な牛車に乗ることなく人ごみに紛れ
後を付けさせないよう消えるのだった
◇◇◇
白い定休日は盗み取った市役所の情報を精査する
三台の有機コンピューターを並列し
膨大なデータを合議制で分析するのだ
NKNKPシステムと呼ばれたそれは
三台が独立したAI人格を持ち
「ジャジャマール」
「ピッコーロ」
「ポローリー」
はそれぞれ
「寝起きの自分」
「給料前の自分」
「足がつった時の自分」
の思考を模して作られている
カタカタカタ……
データを入力する白い定休日
余談だがハッカーを表現するカタカタカタと
剣での戦闘を表現するキンキンキンって同レベルでは?
「ニコニコ……島があって……仲間が……」
無意識に五七五ではない独り言をつぶやく白い定休日
データの入力が終わり、情報をNKNKPシステムで精査
……結果が出たようだ
< 明石の南、瀬戸内海に時空の歪みが存在 >
< 16代明石城主の時代に歪みが発生し現在に残る >
< 痛い痛い、痛い痛い痛い痛い! >
ポローリー以外は良い結果を出した
ていうか確かに足がつると他の事を考える余裕はない
「海の底 そこに起因が ありますえ」
まだまだ盗むべき情報があるはずだ
明日もまた、赤井旗子として働くとしよう




