踊るダメ魔人
「あら、素敵じゃない♡」
信濃守千代丸はイーオンのダンジョンでスーツをあしらえてもらった
細身の体にイタリアンのスタイルは似合う
しかもお洒落なフェドラーハット (中折れ帽) 付だ
「でも、お金もないのにいいのかしら♡」
一応申し訳なさそうに千代丸は聞いた
しかし色分けされたユニフォームのイーオン店員は一様にうなずく
無償で衣服を提供してくれたのだ
「ワクワクの赤、バリュー・レッド、いいってことよ!」
「オーガニックの緑、グリーンアイ、似合っているぜ!」
「格安の黄、ベストプライス・イエロー、出世払いだ!」
「高級な黒、バリュセレクト、ボクを忘れないで……」
困ったときはお互いさま、そう言ってくれる彼ら
遠巻きに見ていたダンジョンの冒険者たちが拍手する
千代丸は珍しく照れくさそうに微笑んだ
そして感謝を形にしたい気持ちになった
♪たん、たん、たん、たん
喜びで少し高ぶる心臓の鼓動に合わせ
提供してもらった革靴でリズムを刻む
中折れ帽を人差し指で
少し前に下げ顔を隠し
もう一方の手で鳴らしだす
派手なフィンガースナップ
♪パッチン、パッチン、パッチン、パッチン
素敵な服を ありがとう♡
全ての福を あなたへと♡
千代丸は舞う、それはキレのいいロボットダンス
ここは明石 すてきなところ♡
感謝の証し すべきなところ♡
今のアタシは 歓喜のこころ♡
踊り明かして 天までのぼろ♡
♪誰かが刻むエイトビート
粋なボイパで皆がヒート
イーオンのスタッフ、冒険者たち
誰もがつられて踊り出す
♪SAY HOO♡ 「HOO!」
SAY HOO HOO♡ 「HOO! HOO!」
もはや韻 (ライム) もふまず、好きに歌う千代丸
イーオンのスタッフ、冒険者たちもそれに応える
♪「疑いは 人にあり 天に偽り 無きものを♡」
「あら恥かしやさらばとて 羽衣を返し與ふれば」
HAGO ROOMO♡ 「HAGO ROOMO!」
HAGO RO♡MO♡ 「HAGO RO!MO!」
・
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……なんだこれ?
とりあえず混沌とした楽しい宴が
イーオンのダンジョンで行なわれたのであった
◇◇◇
明石市内に数件ある隠れ家の
高い垣根に囲まれた小さな庭
元明石市役所 政策局員、南木景樹 (なんぎ かげき) はそこで素振りを行っていた
手にするのは乱れ刃の真剣
真言を刻み陰陽の術が仕込まれたその刀は、重い
だが、その振り方は居合のそれと違っていた
むしろ剣道、竹刀での打ち方に近い
アーカシ市長および、その眷属を斬る
必要なのは重さより、剣先の速さ
それが有効であると判断しての鍛錬であった
「……景樹どの、客人にござる」
唐櫃 (からと) 衆の忍びが縁側に現れ、告げる
とはいえ世を忍び身を隠す景樹に、急な客……
剣呑なれど唐櫃衆が応対するということは知己の者か
(剣呑:けんのん、危険な雰囲気という意味)
「何者か……、まあいい、通せ」
「……は。」
唐櫃衆がその客人を呼ぼうとするも
そんなこと関係ないとばかりに男は庭に入ってきた
無遠慮、無作法、無神経の極み……
「はろー、景樹ぃ、おひさしぶりぶりぶり♡」
南木景樹、絶句
そこに立つは、信濃守千代丸
なぜかスーツを着ているが、間違いなく千代丸だ
「ち、千代丸! 生きていたのか!」
「むしろこっちのセリフなんだけど♡」
「よくぞ、無事でいてくれた!」
お互い相手は失踪したものだと認識していたのだ
もっとも千代丸の方は、あまり深く考えていないのだが
「ねえ、市役所が変になっててビックリしたんだけど♡」
千代丸はイーオンのダンジョンで衣服を入手し
その後、明石市役所を訪れた
しかし、そこは廃墟と化していて
近隣の住民が旧・明石城の地下に移転したと教えてくれた
「市長も変わっちゃってるしぃ……
なんか面倒だから帰ってきちゃった♡」
新たなアーカシ市役所を訪れた千代丸
彼の来訪に気付いた馴染みの市職員が
唐櫃衆に連絡をつなげ今に至るのだった
「うむ、色々あってな、千代丸、お主どこまで知っている」
二人は情報をすり合わせる……が、おかしい
幾つかの話が合わない
所々に矛盾がある
……歴史や時空が狂ったとでもいうのか?
アーカシ・ウォンターナが王政を復興し
アーカシ市長として君臨している
これは現在進行形の事実であり間違いない
だが、詳細が合わないのだ
とはいえ千代丸は昔から常にいい加減
彼の話は基本的に鵜呑みできない
ただ、ひとまず身を隠す必要はあるだろう
「千代丸、ここに住め、我らと共に行動せよ」
「それはいいけど、綾音は今どうしてるの♡」
南木景樹、露骨に目をそらし答えた
「……知らん」
庭の隅には井戸があり
そこに枯葉が吸われるように
落ちて行く様を千代丸は見た




