カラダ・カクシ・タマエ
信濃守 千代丸 (しなののかみ ちよまる) は海岸で目を覚ました
「んもー! なんだってのよ♡」
午前五時、夜明けには早い
基本怠惰な千代丸だが、今日はとりあえず目が覚めた
「ていうか、何でこんなとこで寝てたのかしら♡」
ええと確か……
名前忘れたけど筋肉女と戦ってて……
後からもう一人筋肉女が出てきて……
なんとなく思い出してきたわ♡
あいつらのせいでアタシもあの「渦」の中……
ルルなんとかっていう「館」に連れてかれて……
もぅマヂ海……イルカ見ょ……
「館」に入ると「その人が増える」んだっけ……
つまり、同じ人間が「複製」される……
ていうことはアタシも……
「……ま、どうでもいいわ♡」
別に自分が増えていても
千代丸は全然気にしない
何人いても自分は自分
複製がいても要は他人
自分は本物か?
なんて哲学的考察を
信濃守千代丸がするわけねー! のである
「情熱があればフェイクでもホンモノよ♡」
急にラーメンが食べたくなった千代丸
辺りを見渡す
ここは海岸、海の向こうに大きな島と長い橋
あれは間違いなく明石海峡大橋
つまりここは明石の海岸なのだろうか?
釣りをしている人がいる
声をかけてみよう
「あのぉ、ここは何処の海岸かしら♡」
釣り人は千代丸を見るなり、絶叫して逃げて行った
急に声を掛けられて驚いたのだろうか
とりあえず街並みの見える方角を目指して歩き出した
「ぎゃー!」
「う、うわあああ!」
千代丸を目にした人々が、次々と絶叫し逃げる
化け物でも見たように怯える彼らの形相
千代丸も違和感を感じ始めた
開店前の店舗
ガラス張りの奥はカーテンが敷かれ
千代丸は写し出された自分の姿を見た
衝撃を受ける
全裸だった
服を着ていなかったのだ
それだけでも驚きだが
それに今まで気付かなかったのは更に驚きだ
しかし千代丸本人は
違う意味で驚きを感じていた
「う……美しい……♡」
ガラスに写る自分の姿
引き締まった筋肉
スラリとした長身
浜辺美波など比べ物にならない美貌 (自称)
それが一糸まとわず写し出されているのだ
「ふんッ! むんっ! ニッコリ♡」
ポージングを決めながら自らの肉体に見とれる千代丸
周囲の絶叫は大きくなる一方だが、本人の耳には入らない
とどろくサイレン
またたく赤色灯
どんどん出てくるパトロールカー (パトロールカー!)
いろんな車が、あるんだなぁ、と気にしなかった千代丸だが
取り囲まれ銃を向けられた時点で自分が原因と気付き逃走した
警察は追いかけてきたが、魔人である千代丸の身体能力にはかなわない
その日のアーカシ市は、全裸で市街地を走る変態の噂で持ちきりだった
◇◇◇
さすがに全裸で徘徊するのは危険なので、千代丸は身を隠すことにした
なお彼にとっての危険とは
自身のセクシーな裸体が不埒な視線を集めてしまうことであり
社会通念上の倫理観に基づいたものではない
ただ、千代丸の裸体をそんな目で見る者はおらず
普通は即座に大声を上げて逃走するか
あるいは落ち着いて110番通報するのが一般的な反応である
なお、彼のポージングを写し続けたガラスは
その後力尽きたかのように砕け散ったという……
「あら、こんなところに手頃な洞窟が♡」
"手頃な洞窟" と言うパワーワード
しかし明石市に洞窟なんてあっただろうか?
そんな疑問も抱きつつ、千代丸はダンジョンに入る
中は寒く凍えそうだったが、膝を抱え座り込んだ
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Rire toujours…Nous ressusciterons encore et encore…
(常に笑うがいい、我ら幾度でも蘇る)
Ne perdez pas votre ambition…C'est digne de toi……
(野望を見失うな、汝にはそれが相応しい)
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謎の呪文が洞窟内を響き渡る
その反響音は場末のスナックで長渕を熱唱する
おじさんのカラオケを彷彿とさせた
やがて銀河鉄道999の車掌みたいな顔のない人 (?) が
洞窟の奥から深い緑のフードローブをまとって現れた
「 L……∀……M……U…… 」
「高橋留美子作品の主人公かしら♡」
「……何か……お探し……ですか……」
「ビューティフル・ドリーマー♡」
「……そのラムでは……ありません……」
深い緑のフードローブは自らを魔導士と名乗った
確かに見た目はFF5の黒魔道師を彷彿とさせる
千代丸は簡単に事情を説明した
すると魔導士は手にする杖で地面に文字を書き始めた
♪プル・プルル・プルルルル
奇妙で軽快な音が聞こえたかと思えば
地面の文字は少しずつ宙に浮かび
洞窟の外へ飛んでいくのだった
「まあステキ、これは何の魔法かしら♡」
「……FAXです……」
「そ、そうなのね♡」
FAX、まだ使ってるんだ……それはともかく
次に魔導士は地面に図を描く、魔法陣だ
千代丸の体が輝き、少しずつ消えていく
「先方に……事情は伝えています……」
「体が消えていくんですけど♡」
「ご安心を……転移魔法です……」
「どこへ飛ばされるの♡」
「イーオンの……ダンジョンです……そこで服を……」
千代丸の体はラァ・ムーンのダンジョンから消えていった
【筆者より皆様へ】
読んで頂きありがとうございます
社交辞令ではなく心から感謝しております
二番目物【修羅能】は筆者なりに早筆させて頂きました
三番目物【鬘能】はお休みをはさみつつ、ゆっくりと書かせてください
自分にしか書けないような言語センスと展開で
読んだことないような小説を書きたい、だから
ボクの右手を知 【 自主規制 】




