関西弁のお姫さま、罠にかかる
「これで最後、全部使っちゃうんだから♪」
シスターは惜しげもなく具材を撒いた。
周囲を囲み、ほぼ全てを使い切る。
残る具材は、一つだけ。
「さて、そろそろ行かなくちゃ」
シスターは車に乗りこんだ。
いい車だが、エアコンが使えない。
死臭が車内を循環するからだ。
「♪ELOIM ESSAIM
ELOIM ESSAIM
古き躯を捨て、蛇はここに蘇るべし……」
シスターは歌う、神を暴き冒涜する悦びを。
シスターは歌う、生贄を欺く悪魔の悪戯を。
主は来ませリ……
細工は流流仕上げを御覧じろ。
彼女は上機嫌だ♪
◇◇◇
「課長代理、海洋性特殊外来生物の反応出ました」
情報管理課のオペレーターが
市内を巡回する「蛾」の受信した反応を報告する。
課長代理・琥珀紗音のモニターにも表示された。
現在総数を測定中……
「久々に 出現したな 駆除対象」
琥珀紗音はもちろん、誰もが警戒を怠ることなく準備していた。
しばらく出現してはいなかったが、
その根本的理由がわからない限り、
必ず出現すると疑わなかった。
だから慌てない、はずだった。
「そ、そ、総数……」
動揺するオペレーター。
何度も数値を確認し、それでも変わらぬ異常な数を読み上げる。
「665体」
耳を疑う琥珀紗音。
信じることが出来ず、いつもの口調も忘れ聞き返す。
「な、何体だって?」
「665体出現と表示されました!」
「ば、場所は?」
「西明石の南、貴崎5丁目、こ、ここは、アーカシ・ウォンターナの居住地です! 周辺を取り囲んで発生しています!」
◇◇◇
♪ピロリピロリピロリ
────Standing by
市から支給されたガラケーが鳴る。
熟睡から叩き起こされたアーカシ姫が駆除対象の出現位置を確認する。
「オリビア、起きろ」
アーカシ姫らしからぬ激しい起こし方に、オリビアも朦朧としながらも異変を察した。
枕元に用意していた緊急用の靴を履く、それから起きて可能な限りの準備を始めた。
「姫さま、何事です」
「囲まれた、総数はたぶんエラーが出とる、600以上とかありえん」
カーテンを開け窓から外を見た。
なんだこれ?
外はアホどもがビッシリ。
ホンノー・テンプルが取り囲まれたノブナガ・オダの心境だ。
「来い! モフモフ!」
────WILD ANTHEM COME CLOSER
ガラケーが音声入力によりMUV-MUVのAIに接続、緊急起動しガレージの壁を突き破る。
疑似・巫覡発勁 (ふげきはっけい) の暖気もかねて通常よりエンジンの回転数が高い。
「よーしよし、いい子や」
これだけの数だ。
だれか応援を寄こしてくれるはず。
そこまで持てばいい。
一応こっちも奥の手がある。
とはいえ対魔人用でリスクは高い……
もう一度、目視で数を確認しようと思う暇も与えず、窓から駆除対象がなだれ込んできた。
クソが!
初手から奥の手かよ!
◇◇◇
魔法とは、「質量保存の法則」を捻じ曲げる行為である。
まずは存在の有無。
次に存在の変化。
【 玄君七章秘経 写本 】
に記されていた秘法は「変質」である。
◇◇◇
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百数十体は倒しただろう。
救援はまだ来ない。
アーカシ・ウォンターナの右腕は骨が砕かれ、もはや上がらない。
MUV-MUVはタイヤを使い果たし、赤く焼けただれたホイルが空転している。
それでも押し寄せる。
それでも押し寄せる。
それでも押し寄せる。
それでも押し寄せてくる!
「姫さまッ!」
オリビアが捕らえられた。
海洋性特殊外来生物の波に沈んでいく。
だがアーカシは自らの血と駆除対象の粘液で見ることさえできない。
【 玄君七章秘経 写本 】
ここに記された術の発動は呪文を必要としない。
ただ発動者の覚悟と犠牲が必要なのだ。
多く望めば多くが持っていかれる。
さあ、アーカシ・ウォンターナよ
どれだけ「変質」してくれるんだい?
「好きなだけ……持ってかんかい……」
よーしよし、いい子だ
だが初回は少しオマケしてやろう
次は本当に、全部頂くゆえ、心せよ……
◇◇◇
決して遅かったわけではない。
可能な限り迅速に、救援は行われた。
まずは南木綾音が駆けつけ
次いで環境産業局の処理課
間もなく他の陸上漁師も集まるだろう。
だが、救援が現場に到着した時点で、ほとんどの駆除対象は始末されていた。
わずかに数体が、再生を試みようと足掻くのみ。
「オリビアは……無事か……」
救出されたアーカシ姫は、それだけ口にして意識を失った。
◇
救援に向かった人員の中に、信濃守千代丸は含まれていない。
理由は二つ。
ひとつ。
千代丸は対人のエキスパートであり、海洋性特殊外来生物の駆除は得意としない。
彼が駆除できるのは、せいぜい一体が限度。
ふたつ。
その一体が大蔵海岸のテトラポット上に現れ、その近くに修道服の女が確認された。
魔人・信濃守千代丸、大蔵海岸にて魔人・シスター討伐に向かう。




