貴族令嬢、魔法を使う
「質量保存の法則」という基本原理で説明できない事象は、魔法と言って差し支えないだろう。ではアルベルト・アインシュタイン博士は魔法使いなのか、そうかもしれないが、少し待って欲しい。
魔法とは事実と現実の狭間に浮遊する「真実」である。腑に落ちないことは全て魔法で説明できるし、論破しようにも悪魔の証明が立ちふさがる。
ゆえに魔法は存在する。Q.E.D. (証明終了)
「それってあなたの感想ですよね」という反論に対し、「うん、そうだよ」と胸を張って答える者こそが、真の魔法使いなのだ。
◇◇◇
貴族令嬢・黒い安息日の呪文詠唱によって、デイ・ソウの妖精が召喚される。この小さな魔法生物が錬金に使う魔道具を用意してくれるのだが、制限がある。なにせ妖精なのだ、小物に限られる。
とはいえ品数は豊富などというレベルでは無い。召喚元のデイ・ソウ魔道具店は、アーカシ市周辺だけでも数店舗、しかもでかい。千葉の船橋店にいたっては地上6階地下1階のビル丸ごとデイ・ソウだそうな。すげえ。
独特の猥雑さがデイ・ソウの魅力ではあるが、上品で落ち付いた雰囲気のセ・リアン魔道具店もいい。セ・リアン召喚の呪文は「絡まりて、絡まりて、和菓子をむさぼる、セ・リアン」
「ようこそデイ・ソウ魔道具店へ、ご所望の品はなんですか」
デイ・ソウの妖精が問う。
黒い安息日が答える。
「千枚通しが欲しくってよ」
「レジ袋は必要ですか」
「マイバックがありましてよ」
妖精は道具を手渡すと、召喚元へ消えていった。
◇◇◇
ぷす、ぷす、ぷす。
千枚通しで豚肩ロースのブロックに穴をあけていく。専用道具というわけではないが、これは便利。爪楊枝だと中で折れたりしないか不安だ。それに千枚通しがあれば、元締めから依頼があれば裏稼業にも使える。依頼料は中村主水に聞いてくれ。藤田まこと、味のある役者だった……
「これだけ穴をあければ……十分でしょう……」
恍惚の表情で肉を刺す黒い安息日を、魔導士が制止する。はぁはぁ、気持ちよかった。さてブロック肉は調味液+長ネギとともにジップロックへ。なお、魔法のジップロックなので、入れるだけで24時間が経過したものとする。質問は受け付けない、疑問は飲み込め、それが大人だ。
さて、この漬け込んで味の染みたブロック肉を焼いていくわけだが、煮込んでも美味そうだ。でも焼く。欲しいのはラーメンの具材である焼豚だから。素材としての袋ラーメンを邪魔しない、それでいて頼りがいのある相棒、焼豚。腐女子ならBL本の数冊は書き上げそうな存在感である。
だが、しかし!
肉を焼くにも、オーブンを持っていない
パンを食べないのでトースターもない
フライパンで焼くのは時間かかる、油は飛ぶ、水分は飛ばない
ほしいのは焼豚、煮豚じゃないんだ
チェックメイトか……
この状況を打破できる奴は……
「いるさっ ここにひとりな!」
お、お前はノンフライヤー!生きとったんかワレ!
「オレがクイーンを守るナイトだ」
待っていた……お前のような調理器具を……
「ノックをするべきだったかな?」
いいさ、ワタシときさまの仲だ。
COBRA (THE SPACE PIRATE) 的な茶番はともかく愛用の調理魔道具、ノンフライヤーの出番だ。80度で60分加熱、30分肉を休ませて、裏返し30分加熱。
……できた、自家製の焼豚、完成だ。
煮豚は何度か作ったことはあったが、焼豚は初めてだ。じつは麻婆キャベツや鶏叉焼 (とりチャーシュー) を頻繁に作るので、八角はないが豆板醤、クミンシード、五香粉、麻辣藤椒香醤、姜葱醤あたりは切らさないよう常備してある。なぜ焼豚の下味に使用しなかったのか、より本格的な焼豚を目指せたのではないか。
いいや、私が欲しかったのは、袋ラーメンを邪魔しない、そして今後も継続して作り続けられる汎用性の高い焼豚だ。安くて簡単、常備食団スタメン入りの焼豚だ。
すこし冷やして肉を落ち着かせてから試食、ぱくり。
「なんちゅうもんを、なんちゅうもんを食わせてくれたんや」
いや、正直そこまでたいしたものではない。そもそも、鮎を食べる京極さん、山岡の鮎をディスるのは良くない。ここはむしろ
「こ、これだよ 視聴者が求めているモノは!」
という魁!クロマティ高校な表現が相応しい。美味しすぎない、しかし滋味深い。上品でありながらジャンクな味付けにも対応できる守備範囲、打線を組むならツナギの二番、ホロライブでいうところの角巻わためポジションか。なお、作り立てより時間を置いた方が味がこなれて美味しかった。
完 焼
了 豚
「東方に美鈴の用意あり!」
◇◇◇
名物を探せというアーカシ市長の勅命などすっかり忘れている貴族令嬢・黒い安息日だが、魔導士に見送られながらダンジョンを後にした。ラァ・ムーンは今後も訪れることになるだろう、近いし安いし深夜も開いてるし。
愛馬アードレスとともに宮殿へ帰ろうと馬車の預り所へ向かう黒い安息日、しかしそこには待ち人がいた。
雅な牛車を前に待ち人は、静かに、それでいて圧強めの口調で黒い安息日に声をかける。
「待ってたわ ちょっと話が ありますえ」
十二単、白塗りの顔、長い黒髪、側に控える右大臣……
黒い安息日の旧友にして貴族令嬢「白い定休日」だ。
貴族令嬢同士が顔を合わせれば、まずは挨拶のカーテシー、しかし白い定休日はしずしずと頭を下げる。作法の様式が違うのだ。
「ついてきて 会わせたい人 おりますえ」
白い定休日のセリフは、すべて五七五で統一する設定だが正直面倒だ。途中で放棄する可能性は高いが、その際は黙ってご容赦いただきたい。クレームは受け付けない、疑問は飲み込め、それが大人だ。