関西弁の市長、変な人に護衛される
シュールとは何か。
非日常的で不条理、ナンセンスな状態を意味する。
解釈次第だが、そこにはコミカルもしくはシニカルな笑いも含めたい。
ただそれは、現在の明石市長執務室を表現する言葉でもある。
海野アケミ市長、48歳、独身。
彼女が椅子に座り職務に当たる姿を、正面から見据える忍者がひとり。
状況を説明しよう。
護衛である南木綾音が負傷により休養中。
信濃守千代丸は緊急要請を想定した待機任務中につき護衛を外されている。
人手の足りない政策局の市長室 秘書課に、裏六甲の唐櫃衆という忍者集団から謝罪と支援の申し出があり、当面の間護衛任務を忍者が代行することで合意したのだ。
まあ、そこまでは良いとしよう。
バンダイのガンプラ工場では制服が連邦軍のデザインだったりするし、甲賀市役所では2月22日に市職員が正体を現し忍び装束で勤務する。
(注釈:どちらも実話)
実際、明石市役所に派遣される忍者たちは真面目に職務をこなし、事務作業の手際も悪くない。
だが、今日の忍者は何だ。
ただ市長の正面に座し、ガン見しているだけなのだ。
まず見た目からしておかしい。
巨漢なのだ。
すごく……大きいです……
一応、忍び装束を着てはいるのだが、腕はむき出しで上半身は筋肉がはち切れそうである。
そして口元は隠さず、目にはなぜかサングラス。
……すごい漢だ。
どうやら唐櫃衆の幹部らしい。
市長はたまらず声をかける。
「あの……ガン見されてると仕事やりづらいンやけど……」
「……お気になさるな、護衛は拙にお任せあれ」
「いやその……まあええわ、あンた名前はなんて言うの?」
「……拙の名は有馬 省吾、しょうごっス」
「 (ありま しょうご) さンね、ほな今日はよろしく」
「……有省 (ありしょう) でもいいっス」
なんかクセの強い奴だ。
だが気にしても仕方がない。
市長は書類仕事を片付け、市内の視察に出ることにした。
有馬省吾、いや、有省 (ありしょう) も護衛として同行する。
◇◇◇
今日の視察は本町周辺。
かつてはこの町のメインストリートで、わずか数百メートルの間に
今は無き映画館や、さびれたバーらしき店舗が数件シャッターを下ろしている。
海野市長は辺りを見渡し、声を上げた。
「魚の棚を南に下ってすぐやのに、なンとも味がある枯れた地区やな」
「……ああ、拙はここでネクタイをほどき叫びたくなる、怒りで」
「何言ってンだお前?」
訳の分からない事を口にする有省 (ありしょう) はともかく
市長は細く入り組んだ路地を歩いていた。
そこに現れる数人の男たち
シスターが失踪し統制を失ったウォンターナ王政復興派の残党だ。
「見つけたぜ市長、お前を捕らえて掴むぜビッグマネー!」
「お前のせいで、嫁がどこかの金持ちと、明石を出て行ったんだ!」
身勝手な理由で罪を市長に背負わせ、心誤魔化し言いがかりをつける男たち。
だが有馬省吾が彼らの前に立ちはだかる。
「……拙は護衛、その任務、我が忍術で果たして見せよう」
有馬省吾、印を結ぶ。
「……天家璃々! 唐櫃の里に代々伝わる秘伝の忍術、とくとご覧あれ」
有省、太い腕を水平に突き出し突進。
相手の喉元に腕を、叩きつけてやる。
【ウエスタン・ラリアット】
続けて相手の後ろに回り込む。
次の瞬間、バックを抱えて、投げ捨てていく。
【ジャーマン・スープレックス】
最後は逃げる相手を立ったまま複雑に体を締め上げる。
男は意識を失う前に幻覚を見た。
プール付きの家、嫁とベットでドン・ペリニヨン……
【オクトパス・ホールド】
海野市長、たまらず声を上げる。
「どれも忍術と関係あらへンがな!」
◇
ウォンターナ王政復興派の残党たちは、通報を受け駆けつけた警察に連行された。
パトカーにのせられる彼らの誰もが、おお、おお、おおおお、泣いている。
しかし近隣の住民は、気付かずに通り過ぎていく。
掲げた理想も遠く、誇りも見失った彼らもかつては明石の少年、A.Boy (Akashi Boy)
某貴族令嬢なろうユーザーのように留置所に入り罰金10万円払ってくるといい。
そう思う有省 (ありしょう) であった。
◇◇◇
穏やかな日々が過ぎていく。
陸上漁師も出番がなく、かつて市を包んだ霧のことも忘れ去られようとしている。
風の強い日の夜だった。
季節外れの大蔵海岸、海から上がる女がいた。
それはヴィーナスのように美しくも淫靡。
全裸で砂浜に立つ彼女を、待ち構えていた修道服の女がバスタオルで包み込んだ。
「即日って訳には行かないのね、霧も凄かったし、バレたらどうしようって心配したのよ」
修道服の女、シスターは全裸の女を車に乗せた。
他県のナンバー、ハンドルには血のあとが残る。
「最低限のことだけ覚えてくれたらいいから、まずはゆっくり愛し合いましょう、ね」
全裸の女は虚ろな表情で無言のままだった。
シスターの車は二号線沿いに市街地へ入る。
「素敵な街でしょ、これから二人で、ここを地獄に変えるのよ」
その言葉は全裸の女の届いたのだろうか?
問題ない、自分に言い聞かせているのだから。




