関西弁の少女 (?) 、観察する
教会の礼拝堂には男と女。
だが、どちらも人ではない。
生まれつき人類の枠を超えた存在、魔人である。
怪力の魔人、シスターが口を開く。
「せっかくだから私たち、ここで永遠の愛を誓いません?」
剣聖の魔人、千代丸が応える。
「いやよ、あたし女に興味ないの♡」
しばしの沈黙。
「……残念だわ、じゃあここでお別れね」
「そうね、でも愛し合うことはできそうよ♡」
千代丸、剣を抜く。
「素敵ね、存分に愛し合いましょう」
シスター、両手の拳を合わせ筋肉を膨張。
「あなた、お名前を聞いてもいいかしら♡」
「レイコ・天草・フェルナンデスと申します」
「あたしは信濃守 千代丸♡」
「素敵なお名前ですわ」
「あなたもね♡」
「クスクス」
「ふふ、ふふふ♡」
「くは、くはははは……」
「ゲハ、ゲハハハハハハハハ♡」
一閃。
千代丸の剣は豪快な空振りだった。
とはいえ人の目で追える剣筋ではないのだが、シスターは僅かに移動して避けた。
彼の長い刀身が向いた方角の、床や壁に長い切れ目が入る。
物理法則を無視した切断。
千代丸、たまらず口走る。
「貴女なら……いいのよ、ね、許されるの、ね、何しても……アレしても……コレしても……許されるの、ね、市長も、景樹も、許してくれるの、ね♡ね♡ね♡」
寸前で避けたとはいえ、確実な死が迫り通り過ぎたのだ。
シスターは興奮し耐えきれず哄笑した。
「ぎぎ……ぎは、ぎははははははははははははははは!」
接近戦に持ち込みたいシスター。
だが、彼女の俊敏な移動速度を以ってしても、
千代丸の剣を避けるのが精一杯。
二人は魔人。
極めて当然の話だが、身体能力が近いという条件である以上、剣を持つ方が圧倒的に有利である。
妖しい表情で剣舞を魅せる千代丸。
一瞬のスキを待ちひたすら避け続けるシスター。
おとぎ話か英雄譚なら奇跡の逆転を期待できるが、
あいにく二人は人外の魔人。
むしろ相打ちを期待されてしかるべき存在。
やがてシスターに限界が訪れる。
呼吸も体力も既に追い付いていない。
「はぁ……はぁ……」
優雅で瀟洒だったシスター、
息を切らし修道服も切り刻まれ
ついに壁際へ追い詰められた。
「無様ね、でも終わらせてあげる♡」
千代丸はゆらりと太刀を頭上に掲げる。
大上段の一撃をもって終わらせるつもりだ。
シスターは大きく息を吸い、全身のバネを使って背後の壁をぶち破った。
もともと朽ちてもろかった壁はたやすく崩壊、シスターは逃走する。
その去り際に、崩壊した壁から釘を掴み、千代丸に投げつけた。
壁が崩れ落ちる様子に気を取られていた千代丸、釘が額に刺さる。
「ぎやっ♡」
肉食獣のような俊敏さで教会の外へ逃げ去るシスターを眺めながら、千代丸は太刀を鞘に納めた。
その額からは、どくどくと鮮血が流れている。
「ふふ、つぎ会うときが楽しみね♡」
◇
「…………?」
「…………!」
バゴン。
「GO GO GO!」
暗視ゴーグルを装着しシールドを手にした、明石市環境産業局の職員が一斉に教会へ突入。
海洋外来物 処理課の特殊部隊だ。
駆除を目的とした部隊ではないが、ある程度の武装を容認されている秘密機関である。
「アルファリーダーより情報管理課、教会へ突入した」
「情報管理課よりアルファリーダー、警戒を怠るな」
「アルファリーダー、了解」
情報管理課の「蛾」によるモニタリングで内部情報は把握している。
だが魔人の出現が確認されたと報告されている以上、油断は禁物だ。
俺たち環境産業局処理課は普通の人間。
陸上漁師や政策局のような化け物どもとは違う。
まあ、情報管理課も大概だがな。
「アルファリーダーより情報管理課、礼拝堂へ突入した」
「情報管理課よりアルファリーダー、状況を報告せよ」
「アルファリーダーより情報管理課、戦闘のせいか内部はボロボロだ」
「情報管理課より各隊、異変があれば報告せよ」
「ブラヴォリーダーより情報管理課、額から血を流し倒れている変な男を発見」
「情報管理課よりブラヴォリーダー、それは放置しろ」
◇◇◇
「課長代理、本当に放置でいいんですか?」
情報管理課のオペレーターが確認を取る。
だが彼は淡々と、独特の口調で言い放つ。
「それでええ 死にはせんやろ あんな奴」
明石市役所 総務局 情報管理課
課長代理・琥珀 紗音 (こはく しゃのん)
一見すると可憐な少女に見えるが、成人男性である。
右目には眼帯、左手の甲に魔法陣
赤いゴシック・アンド・ロリータの衣装で職務を遂行する奇人でもある。
彼は本名で呼ばれることを嫌がるため、周囲からは「赤ずきん」だの「ローゼンメイデン」だのと呼ばれていたが、本人は自身が明石市の安全を守る職務であることを誇りに思っているため「赤い安全日」と呼ぶことを強要した。
しかし全ての女性職員から激しい反発にあい、海野市長からも呼び出され叱責、現在は嫌々ながら本名で呼ばれることを容認している。
それでも秘かに「紅い燈火」と名乗ることもあり、重度の厨二病患者であることが伺える。
「魔人、帰ってきませんよね?」
オペレーターが心配そうに呟いた。
課長代理は片目の眼帯を押さえ、独特の口調で答える。
「大丈夫 ボクの右目は 疼かない」
また始まった……
おそらく魔人がいれば右目が疼くと言いたいんだろう……
普通に両目が見えてることは健康診断でバレてるのに……
そう思うオペレーターだったが、面倒なので口にしなかった。




