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風雲あかし城  作者: キャベツが主食の☆黒い安息日
二番目物【修羅能】
33/59

関西弁の市長、疑いを晴らす


 怪しい教会だった。

 朽ちた壁、空いた天井、ガラスの割れた窓。

 礼拝堂では鱗粉を撒く蛾が飛び交い

 その下では信徒たちが数名、シスターを囲んでいた。



「そうですか、姫さまが大暴れなさったのですね」



 信徒の報告を受けクスクスと笑うシスター。

 教会の入り口に掲げられた看板は、文字が入れ替わったままだ。



 【明石だごん教会】



 教会は異臭が立ち込めていた。

 信徒の体臭だろうか

 香ばしい魚の棚の商店街では誤魔化しきれない

 生々しい魚介の匂い。



「まあ噂も十分広がった事ですし、次の段階へ移りましょう」



 シスターはそう信徒に告げると、説教壇から何かを取り出した。

 玉子焼き (あかし焼き) の、具材?

 だがそれは、動いている。



「さあ今日も、哀れな子羊を救いましょうね……」



 信徒がそれを受取ろうと、顔を上げ手を伸ばす。

 その視線の先、ガラスの割れた窓に人影。



「シスター! ああ! 窓に! 窓に!」



 大声を上げる信徒。

 振り返るシスター。

 小さな窓枠に小柄な体をくぐらせ、身を乗り出す女剣士。



 南木綾音、怪しい一団の後を付け、ここに辿り着いていたのだ。



 逃げようとする信徒

 しかし、出入り口で待ち構えていた唐櫃衆が水月 (鳩尾:みぞおち) に当身。

 悶絶し倒れた所を取り押さえ、手際よく縄で縛る。


 南木綾音、窓から飛び降り礼拝堂に立つ。

 刀を抜き、シスターに刃先を向け、告げる。



「死して詫びるか、生きて懺悔するか、選べ」



 シスター声を上げて、笑う。

 教会で懺悔を迫られたからなのか。

 さにあらず。

 愛らしい綾音の容姿に、嗜虐心が耐えられなかったのだ。



「 ELOIM ESSAIM

  ELOIM ESSAIM

  古き躯を捨て、蛇はここに蘇るべし……」



 シスターは歌う、罪の告白を主の御前にて。

 シスターは歌う、悪魔を導く地獄の讃美歌。

 教会の鐘が鳴る。

 


「唐櫃衆、何か来る、備えよ!」



 南木綾音が叫ぶ。

 彼女の全身を悪寒が走る。

 唐櫃衆、忍者刀を抜き構える。


 ……何か、来る!



◇◇◇



「世に魔人あり、因果応報を超越し、善悪の彼岸に立つイドの怪物なり」



 ドイツの剣豪にして大悟を得た禅僧、F・ニーチェ和尚の言葉であるが、

 南木綾音のみならず、武人なら何度も聞かされる。


 魔人。


 それは実在する悪夢であり、呼吸する絶望である。

 彼らに善悪はない、ただ気ままに人を愛し、憎む。


 時に世を救う聖人ともなるが、多くは世に紛れ、人知れず生きる。

 人の子として生まれ育つも、人にあらず。

 一切の根拠なく人を超えた能力を持ち、凡人の努力や信念を踏みにじる。

 

 執着の薄い彼らにとって、それが何よりの娯楽であり、信仰なのだ。



◇◇◇



 教会は海底を表現するアートのように、

 奇妙な物体で溢れかえっていた。


 シスターが手にしていた具材がバラまかれ、

 海洋性特殊外来生物が出現したのだ。



 その数……膨大、計測不能。



 正眼に構え後ずさる南木綾音、シスターは優雅に歩み近寄ってくる。


 綾音、シスターに斬りかかるも、くるりと優雅に避けられる。


 それは舞踏会のような身のこなし。

 ゆらめく修道服も瀟洒で、活動写真のワンシーンが如し。



 南木綾音の横に立ったシスター、綾音の黒い髪を指に絡ませ壁に投げつけた。

 壁までの距離、3.5メートル。


 舞い散る綾音の髪。

 本人は壁に叩きつけられた。


 崩落する礼拝堂の壁。

 倒れ込んだ綾音に覆いかぶさる無数の海洋性特殊外来生物。



「……いかん、綾音どの!」



 唐櫃衆、一斉に綾音を助けるべく向かう。

 内一名がシスターに腕を掴まれる。



「Shall we ダンス?」



 シスターはウィンクして囁き、唐櫃の忍び、つまり成人男性を片手で天井に投げつけた。

 礼拝堂の天井まで、距離6.7メートル。


 まるで一輪の花を投げるが如く瀟洒な動き。

 投げられた唐櫃の忍び、天井から薔薇のように赤い血を吐き散らす。




 ……技も何もない。

 常軌を逸した、怪力。



 魔人。



 紛 (まご) うことなき、魔人。



 さらに加えて教会敷地内には尋常ならざる数の、海洋性特殊外来生物。

 唐櫃の翁は今宵、この場に来てはいないが、

 いたとしてなんの策が打てようか……



「……綾音どの! 綾音どの!」



 数人がかりで南木綾音を救出。

 手持ちの術符を使い果たし、綾音に覆いかぶさった海洋性特殊外来生物を数体爆破したのだ。

 しかし一部は再生を始め、根本的解決には至らない。



「ねえ……ねえもっと……もっと踊りましょ……」



 恍惚の表情で優雅に歩み寄る魔人のシスター。

 万事休す。


 せめて、南木綾音だけは生かして帰したい。

 唐櫃衆、無理を承知の脱出を決意。



 されど……

 それを踏みにじるが、魔人。


 踏みにじること

 踏みにじれること


 それが魔人の魔人たるが所以 (ゆえん) である。



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― 新着の感想 ―
ついにシスターが本性をあらわにしましたか。 明石だごん教会のシスターは「関西弁のお姫さま、土下座する」のエピソードで登場した段階で只者ではない感じはしていましたが、これは想像以上に危険な存在ですね。 …
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