表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風雲あかし城  作者: キャベツが主食の☆黒い安息日
二番目物【修羅能】
32/59

関西弁の市長、疑われる


 南木綾音が唐櫃衆の案内で屋敷についた頃には、すでに夜が更けていた。

 彼らの隠れ家は市の中心部よりやや離れた郊外にあり、辺りは静まり返っている。


 奥に通され障子が開くと、部屋には寝床で伏せる老人が一人。

 おそらくは翁と呼ばれる、唐櫃衆の幹部か何かだろう。


 市長と南木綾音を襲撃した人物でもある。



「ほほ、よくぞ参られた、ささ、此方 (こちら) に」



 翁は寝床から上体を起こし、手招きをする。

 南木綾音、大小二本を腰に差したまま近くに座る。

 それは本来無礼な行為ではあるが、今までのことを考えるに致し方なし。



「聞いたぞ爺、千代丸に斬られたらしいな」



 小生意気な口ぶりで綾音が話しかける。

 だがそれは上機嫌な彼女なりの気遣いでもある。

 それとなく左手が脇差の柄に触れてはいるものの……



「ほほ、年寄りをイジメなさるな、あれ程とは知らんかった故」


「奴は化け物、私でも勝てん」


「ほほ、然 (さ) もありなん、ありゃ腕も見た目も化け物じゃ」


(注釈:「然 (さ) もありなん」意訳すると「そうッスね」)



 二人ここは気が合ったらしく笑い声をあげる。

 南木綾音は少し気を許し

 逆に翁は険しい表情を浮かべた。



「さて、お嬢に頼みがあってお呼びした」


「お嬢?」



 黒装束が翁に近づき何やら耳打ちをする。

 翁、頷き会話を続ける。



「うむ、誰がどう見てもお姉さんの、お前さんに頼みがあるのじゃ」


「ふむ、何でも申せ」


「海野アケミ市長を調べて欲しい、それとなくで良い」


「なんだと」


「市長どのにはの、ひとつ気がかりな嫌疑があるのじゃ」




 部屋の照明に一匹の蛾。

 それは鱗粉を撒いて、ゆらりゆらりと室内を舞う。




◇◇◇



 明石市役所政策局、市長室それも秘書課となれば、当然市長の警護が主たる業務である。


 とはいえ名のとおり秘書としての業務もあり、スケジュール管理や煩雑とした事務作業も行っている。


 

「綾音ちゃン、見て見て」



 海野アケミ市長が声をかける。

 二人きりの執務室。

 事務作業中の南木綾音が振り向くと、たけのこの里を二本、前歯と唇の間に差した市長の顔があった。



「牙がはえましてン」



 海野アケミ明石市長、48歳、いまだ独身である。

 南木綾音、無言で視線をモニターに戻し事務作業を続ける。



 昨夜聞かされた市長の嫌疑、信じてはいない。

 ただ、噂は以前から耳にしている。


 どう考えても矛盾した、バカバカしい話ではあるが、

 確かに気になる点はある。


 それは噂の真偽ではなく、

 誰が何の意図で、どのようにして広めているかである。


 唐櫃衆もそこが見えない限り、疑念を捨てきれないのだろう。



◇◇◇



 定刻が過ぎ、南木綾音は市役所を後にした。


 混雑する魚の棚商店街を歩いていると、例の一団にまた出くわす。

 どうやら最近、頻繁に活動しているようだ。


 

「……ウォンターナ家を復興し王政を明石市に!」



 いつも通りの戯言を叫んでいる。

 だが聴衆は少し増えていた、

 そして彼らは、聞き捨てならない演説を始めた。



「諸君、昨今この町を騒がしている、化け物の正体をご存知か!」



 綾音は一団に背を向けたまま足を止める。

 まさか

 まさか……



「そう、あれは海野アケミ市長が用意した生体兵器なのだ!」



 南木綾音、全身の血液が沸騰する感覚を覚える。

 こいつらだ

 こいつらが、あの噂を……



「海野アケミ市長が反体制の人間を誘拐し、海に沈めているのだ!」



 耐える。

 綾音は、耐える。

 憤りを沈め、耐える。

 殺意を押さえ、憤りを沈め、南木綾音は……公務員だ!


 武士とはいえ、公務員だ!


 刃を向けた相手ならいざ知らず、

 愚かとはいえ一般の市民をぶちのめすなど、許されない!

 卑劣で幼稚な主張でも、自由に意見を述べる権利は侵せない!

 南木綾音は、私は、公務員なのだ!



「海野市長を追放すれば化け物も消える、そして姫君を市長に!」



 賛同する聴衆の歓声。

 調子に乗ったバカの声が心を削る。

 南木綾音は震えていた。

 それは屈辱、それは無念、それは……




 一団の不快な歓声が突如消え、混乱と悲鳴が商店街を満たす。

 

 何事かと振り返る綾音が見たのは、

 壇上で演説していた男の胸倉を掴む、金髪の女だった。



「われぇ、ふざけた事ぬかしよってコラァァァァァァァァ!」


「なんですかアナタ! さては姫君を陥れる市長の……」



 金髪の女は、驚異的な声量で怒鳴りつける。

 その巻き舌は到底カタギの人間と思えない。

 もし仮に彼女が市長になれば、明石市は明石組になりそうだ。



「アホんだらあ! うちがアーカシ・ウォンターナじゃあ!」


「え! ひ、姫さま?」


「昨日から聞いてりゃ嘘ばっかしぬかしやがって!」


「い、いや、事実に基づいた……」


「じゃかましい! おい、みんな! こいつの言うことは全部嘘やど!」


「そ、そんな……」 


「嘘や嘘や! 全部嘘や! 信じたらアカン! コイツの言うことは全部嘘や!」



 やけに嘘を連呼してアピールしているのは少し気になるが、

 ともかく当の本人、アーカシ・ウォンターナ本人が直々に現れ

 全ての事柄を否定しているのだ。


 場はシラけ、聴衆は散っていく。


 先ほどまで調子に乗って、そうだそうだと連呼していた連中は、

 初めから知ってた、信じてなかった、などと口にしている。

 まさに、調子のいいバカだ。



「あれが……アーカシ・ウォンターナ姫か……」



 南木綾音は壇上を降りる金髪の女を見て呟いた。

 これでもう、不快な噂は消えるだろう。


────なるほど、品はないが貴人ではあるな。


 綾音は小さく笑った。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ