関西弁の市長、再び襲われる
海野アケミ市長は、明石市役所の地下で寝泊まりしている。
別に市役所で生まれ育ったわけでもないし、堅固な市役所で身を守らねばならぬほど対立候補に狙われているわけでもない。
海洋性特殊外来生物も意図して市長を狙ったりしない、と思う。
市長が地下に住む訳は、単に通勤が面倒だからだ。
前市長のように公邸を借りるのも勿体ない、そう考えて市役所の空き部屋を借りている。
しかし居場所が確定していることは、良からぬ考えを持つ者にとって好都合でもあった。
「……護衛は1人、情報通りだ」
「……あの女剣士か」
「……いや、痩せた長身の男だ」
「……得物は」
「……長い太刀が一本」
「……ふ、狭い場所で太刀など笑わせよる」
「……翁 (おきな) 、参ろうか」
「ほほ、プランは完璧、油断は大敵、じゃぞ」
「……ぶふぉ! ウヒヒヒヒヒヒヒ!」
「おぬし、ほんに笑い上戸じゃのう……」
唐櫃 (からと) 衆六名、海野市長が寝室へ。
以前から用意していた隠し通路から侵入し、扉の鍵穴を開ける。
「では参ろうかの、皆、心せよ」
「……今宵、挨拶で済みますか」
「ほほ、そりゃ市長の返答次第じゃて」
◇
「いらっしゃ~い、待ってたわん♡」
寝室には半裸の男、市長の姿無し。
気配を読まれ、隠れたらしい。
むしろ想定通り。
唐櫃衆、護衛と思わしき半裸の男を取り囲む。
一斉に投げる飛び道具。
背後に周った翁、八相の構えから斬りかかる。
「一手馳走、邪魔立てするなら、死ねいいい!」
空を切る音、ひとつ。
それだけだった。
……わからない。
どのようにして半裸の男が飛び道具をすべて叩き落したのか。
なぜ、翁の忍者刀は折られ、鎖帷子が砕かれたのか。
……一瞬の決着、翁は片ひざをつく。
「ぬぅあ、な、何奴じゃ貴様、ぐ、ぐうう……」
胴体を切られてはいない、とはいえ、
鎖帷子が砕けるほどの一撃を受け翁は呻 (うめ) く。
……化け物。
それは薄化粧をした半裸の男の容姿ではなく、剣の腕。
狭い部屋で長い刀を一振り。
たったそれだけで、全ての事を成し唐櫃衆を退かせた。
「長い夜よ、男同士で楽しみましょ♡」
ウインクする半裸の男。
唐櫃衆の鳥肌が立つ、死を前にした本能の警告。
この男、恐ろしく強い。
人間の強さを超えている。
「んもう、そんな怖がらなくていいじゃない♡」
「……貴公、その腕前、何流の剣士か」
「流派? お花は池坊、お茶は裏千家ね♡」
「……愚弄する気か」
「だって剣術とか習ってないしぃ♡」
唐櫃衆はひとつ読み違えていた。
調べが足りなかった、と言ってもいい。
そもそも南木綾音は元より市役所職員として働いており、
本人の希望で政策局市長室へ配属され護衛となったのだ。
しかし信濃守 千代丸 (しなののかみ ちよまる) は初めから政策局市長室職員、
しかも夜勤という謂 (い) わば護衛専門。
明石市役所情報課が把握する限り、彼は比類なき最強の剣士なのである。
特に対人スキルは、天下無双。
型のない天然の変剣、
隙のない無想の柔剣、
南木綾音では足元にも及ばぬ程の達人なのだ。
「いかんッ、退けッ!」
唐櫃衆の翁、絶叫。
叩きつける、煙玉。
煙幕が充満し、四散する六人の忍び。
◇
「だぁ~いじょうぶ~、変な人はもうおらンか~」
隠し部屋から海野市長が顔を出す。
市長の寝室では千代丸が一人、充満する煙による酸欠で失神していた。
「変な人、一人だけ残っとるわ」
◇◇◇
時は少し遡 (さかのぼ) る。
市役所を出た南木綾音は商店街を歩いていた。
夕飯に何か買って帰ろうと考えていたのだ。
繁華街の人混みに、ビラを配り演説をする一団があった。
「……ウォンターナ家を復興し王政を明石市に!」
商店街を歩く人々は、だれも相手にしていない。
むしろ怪訝な表情で、ビラを配る連中を避けている。
それでも必死で声をかける、善良そうな一団……
「クソが……」
南木綾音、嫌悪し悪態を吐く。
彼らが主張する内容の是非は知らない、興味もない。
なぜなら、初めから意味などないからだ。
奴らはむしろ、世間の賛同を得ない事が目的であり手段なのだ。
あえて反社会的な逆張りを主張し、琴線に触れたわずかな賛同者を集める。
信仰心あるいは信念のためと偽 (いつわ) り
世間から嫌がられる行為を強要して社会から孤立させ
苦しむ彼らを仲間意識で囲い込み、金銭、尊厳、人生の全てを吸い上げる。
これを人は「カルト」と呼ぶ。
人間性を踏みにじる、邪悪。
とはいえ彼らを助ける義理はない。
勝手に頑張り、勝手にくたばるがいい。
南木綾音はそう考えながら、一団の側を通り過ぎた。




