貴族令嬢、ダンジョンに入る
「 貴 族 ス ペ シ ャ ル 」
貴族令嬢探検シリーズ・ダンジョン編
恐怖!ダンジョンを支配する謎の魔導士を追え!
◇◇◇
貴族令嬢が洞窟に入る。
メイドさんと、執事さんが、後から入る。
……ゴメン、嘘。
貴族令嬢・黒い安息日はひとりで深夜のダンジョンに入った。愛馬アードレスは広大な預かり場で、主の帰りを待っている。さすがに昼間ほどではないが、深夜にもかかわらずラァ・ムーンのダンジョンは冒険者がそれなりに入っている。
「上から来るぞ、気を付けろ!」
「なんだ、この階段は!」
「せっかくだから、俺はこの赤のトビラを選ぶぜ!」
ダンジョンの奥から冒険者の声が聞こえる。しかし、全て同一人物の声に聞こえるのは気のせいだろうか。魔法による何らかのデバフがかかっているのかもしれない。パーティを混乱させる魔法「デス・クリムゾン」とでも名付けよう。
このダンジョンは珍しいことに、反時計回りのレイアウトになっている。通常のダンジョンは時計回りで、入り口近くに野菜や果物 → お肉や魚 → 卵や牛乳 → レジの近くにパンやお惣菜、という流れでアイテムが配置されている。たしか別のラァ・ムーンでは時計回りだったので、ここだけなのかもしれない。
ダンジョンの奥へ向かう貴族令嬢・黒い安息日。慎重に進む彼女だったが、危険な魔物が次々と襲いかかる。
[りんご1袋 (4個) 399円]
[うなぎ蒲焼 998円]
[国産納豆 79円]
[牛豚ミンチ100g 88円]
「ぐぐぐ……安い、安いですわ……」
貴族令嬢とはいえ黒い安息日は苦戦していた。[うどん一玉17円]など品質を考えると敵ではないが、納豆は買ってしまった。ミンチは何度か買ったことあるが、当たり外れがでかい。脂だらけでガッカリしたことがある。
お弁当は買ったことがないので味はわからないが、ボリュームと値段は驚異的。企業、いやダンジョン努力の結晶だろう。お惣菜も豊富で安く味も及第点。ときどき大好物のおからやヒジキを、ここで手に入れている。
その時だった。
ダンジョン内の空気が変わる。
温度は変わらないのに感じる寒気。
魔素濃度の上昇、トラップによる召喚魔法。
……しまった、安易に奥へ進み過ぎたか。
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Rire toujours…Nous ressusciterons encore et encore…
(常に笑うがいい、我ら幾度でも蘇る)
Ne perdez pas votre ambition…C'est digne de toi……
(野望を見失うな、汝にはそれが相応しい)
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空間によるリバーブのかかった呪文詠唱……
仕掛けられた魔法陣が輝き、転移された魔導士が姿を現わす。
深い緑のフードローブ、ダンジョンを作ったとされる秘密教団の一員だろうか。
残響に残る呪文をかき消すように、魔導士は呟いた。
「 L……∀……M……U…… 」
それは彼の名か、それともダンジョンの名か、そもそも彼なのか、彼女なのか。
その虚ろな顔は、深いコートの闇の中……
しばしの沈黙の後、魔導士は細く、たどたどしい声で問う。
「……何を……お探し……ですか……」
黒い安息日は答える。
「ぶ、豚肉のブロックを探してますの」
魔導士は分岐したダンジョンの一角を指さす。
「精肉は……あちらに……」
普通に親切な魔導士だった。黒い安息日はカーテシーで礼をして、教えてもらった先へ向かう。
◇◇◇
魔導士が教えてくれた先に、黒い安息日が探していた豚のブロック肉はあった。心配になったのか、魔導士も後から付いてきた。どれを選ぶか悩む黒い安息日に、魔導士は助言する。
「どの品もとにかく安い……安い……どうぞ比べて見て下さい……」
「悩むわ、どれが焼豚に向いているのかしら」
「地域のお客様の……豊かな暮らしをサポート……」
「適度な脂身と肉質、この肩ロースなんてどうかしら」
「この街一番……地域で一番……安くて……便利で……お得なメガディスカウント……」
安い安いと繰り返す店内放送のような魔導士はともかく、黒い安息日は焼豚にするブロック肉を決めた。高い肉が美味しいのは当たり前、ゆえにあえての最安値、100g 99円の肩ロース。まずは錬金の基本、素材の状態変化だ。
歴史は浅いが用途は広い、ジップロックを用意。別にアイラップでもかまわないが、漬け込むので慣れた道具を使いたい。
・醤油 100cc
・みりん 100cc
・焼酎 100cc
・蜂蜜 大さじ3杯
・長ネギ 一本
・生姜チューブ適量
・ニンニクチューブ適量
生姜は普段すりおろしを冷凍保存しているが、切らしていたのでチューブで代用。ニンニクは手間の割に量が少なく、面倒になったので普段からチューブを使用している。さあ、漬け込んで錬金だ。
「……お待ちを」
魔導士が助言する。
「……下味を沁み込ますため……お肉に穴をあけた方が良いのでは……」
それもそうだ、しかし道具がない。こうなれば魔法で道具を召喚するしかなさそうだ。黒い安息日は呪文の詠唱をはじめた。
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リングス・プライド・パンクラス……
ハッポ―・ツキテイ・ナナヒカリ……デイ・ソウ!
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