関西弁の市長、土下座する
南木綾音 (なんぎ あやね) のスマホに連絡が入る。
市から支給されたガラケーではなく、個人所有のスマホだ。
発信元を確認し、その場で通話する。
「ええ、はい、そうですね、聞いてみます」
通話が終わり、綾音は電話を切る。
間を置かず側で執務中の海野アケミに伺 (うかが) いを立てる。
「市長、情報管理課より打診がありました」
「なンて?」
「陸上漁師が負傷したので、復帰するまで協力してほしいと」
「あンたに?」
「はい、公務に支障をきたさないよう配慮するとのことですが」
「あンたはええんか?」
「市長が許可されるのでしたら」
武士は貴族にあらず。
貴族の義務など、笑止千万。
徹底したリアリズム、それが武士の本質である。
とはいえ人である以上、情はある。
町を困らせる不埒な存在など斬捨てるが道理。
明石市民として憤 (いきどお) る気持ちもある。
南木綾音は情報管理課の依頼を承諾した。
◇◇◇
市長の執務室に町内会の一団が見学に来た。
大人と子供がどやどやと雪崩れ込んでくる。
笑顔で迎える海野アケミ市長。
広報課の市職員が執務室を案内している。
「みなさま、こちらをご覧ください」
広報課職員が指さすのは立派な写真。
明石海峡大橋だ。
「こちらは世界に誇る建造物、明石海峡大橋です、淡路島と神戸市垂水区で接続されている橋であり、実のところ明石市とは関係ございません」
おおお、と歓声を上げる町内会の一団。
広報課職員の案内は続く。
「みなさま、こちらをご覧ください」
広報課職員が指さすのは立派な骨。
明石原人のレプリカだ。
「こちらは世紀の大発見、明石原人の骨のレプリカです、よくよく調べると割と最近の人骨だとわかり、今では話題にも上がりません」
おおお、と歓声を上げる町内会の一団。
広報課職員の案内は続く。
「みなさま、こちらをご覧ください」
広報課職員が指さすのは立派な木刀。
海野アケミの愛用品だ。
「こちらは明石で建設される全国チェーンの大型店舗がことごとく"神戸西店"と名乗るため、同じく"神戸北店"と名乗られている三田市長と同盟を組み、この木刀を手に本社へ殴り込みを……」
もうやめて、もうやめて……
◇◇◇
明石市の恥部……いや、歴史を堪能した町内会の一団は、市長の執務室を後にする。
笑顔で見送る市長に、子どもが一人、悪態をついた。
「市長のブス、アホ、死んでまえ!」
母親があわてて子どもの口をふさぐ。
それでも子どもは騒ぎ立てる。
「お前のせいで、お前のせいで、お父さんは化け物と海に……」
子どもは母親に抱きかかえられ、ドアは閉じられた。
執務室には海野アケミと南木綾音の二人きり。
市長、海野アケミは閉じられたドアに向かい、膝をついた。
頭を床に擦り付け、両手を前にそろえた。
唸るように、絞り出すように、
海野アケミ・明石市長は呟いた。
「お許しください、私の責任です、お許しください」
おそらく子どもの父親は、海洋性特殊外来生物に連れ去られ、海に沈められたのだろう。
無事かどうかはわからないが、現実として明石市では行方不明者が急増している。
南木綾音の兄もその一人だ。
だが、市長に何の罪があるのか。
ここにいるのは選挙で選ばれた代表者であって、
つい最近まで普通の庶民であって、
自衛隊を介入させてまで解決しようと努力する政治家であって、
罰を受ける対象ではないはずだ。
それでも海野アケミは頭を下げる。
言い訳もせず、ただ許しを請う。
無意味な行動である。
だが、それが出来る人間が貴人であり、為政者たり得るのだ。
知識や力だけでは、人を導くことはできない。
少なくとも私には無理だ、南木綾音はそう思うのだった。
◇◇◇
定刻が過ぎ、南木綾音は市役所を後にした。
市長の護衛は24時間つくのだが、綾音は執務時間の担当。
夜は別の政策局職員が担当する。
兄の景樹と同期の信濃守 千代丸 (しなののかみ ちよまる)
綾音は彼が、苦手だった。
「綾音ちゃんお疲れさま、さっさと帰ってね♡」
「ええ、はい、おねがいします」
キモい。
兄の友人でなかったら絶対関わりたくない。
千代丸のキモさはその口調ではない。
全ての言動・行動から滲み出る女性への憎悪、憎くて憎くて仕方ないらしい。
理由は知らないし、知りたくない。
「あら市長、今日も濃い化粧ね♡」
「ぶち殺すぞカマ野郎」
それでも海野市長とは馬が合うらしく、今日も仲よく罵 (ののし) り合いが始まるのだった。




