関西弁のお姫さま、助けられる
アーカシ・ウォンターナはバイク好きである。
ただ乗るだけではなく、整備作業に没頭する楽しさを味わう。
キャリパー (ブレーキ) を外しピストンを清掃、シリコンを塗り押し込む。
街乗りで必要なメンテナンスではないが、姫本人が好きでやっていること、だからオリビアも側で黙って見ているだけだった。
♪ピロリピロリピロリ
────Standing by
市から支給されたガラケーに、駆除対象の出現位置が表示された。
アーカシ姫が叫ぶ。
「またかいや、今度はどこや」
場所を確認、依頼を受諾する番号を入力。
ガラケーからは承認の音声が鳴る。
────COMPLETE
手際よくキャリパーを装着。
ガレージのシャッターを開け、赤いドゥカティを出した。
セルを回す。
しばし暖気。
鼓動が変化。
さあ出撃だ。
◇◇◇
アーカシ姫は走り出す。
ドゥカティで出現位置へ。
オリビアは同行しない、今日は1人で戦うつもりだ。
怖くない、わけではない。
戦いはいつだって、誰だって怖い。
恐れを知らぬ者が、真っ先に敗れていくのだ。
「今日のアホはどんな奴やろ……」
震える体……
未知に立ち向かうとき臆病になる。
でも、それを笑う者を信じない。
彼らは勇者にあらず。
扇動しリスクを肩代わりさせようとする卑怯者だ。
無知と勇気をすりかえるペテン師だ。
「うちがやるしかない、それが王族の使命や……」
────Noblesse Oblige (ノブレス・オブリージュ)
「貴族の義務」と呼ばれた信念が、アーカシ姫の行動理念。
否応 (いやおう) の無い祝福にして呪い。
人は宿命から逃れる術を持たず、流されるか、抗うか……
「うちは、正面から受け止める……」
────Open Your Eyes For The Next Faiz.
◇◇◇
駆除対象、海洋性特殊外来生物は西明石・藤江の南に出現していた。
アーカシ姫が到着した時点ですでに人的被害は出ており、数名が触手に絡まれ引きずられている。
「まずいな……」
アーカシ姫は呟いた。
人的被害はもちろんだが、ここは海が近いのだ。
海洋性特殊外来生物は人をさらい、海に引きずり込もうとする。
理由はわからない。
奴らの行動を調査し、進行方向を割り出した市の報告によると、明石海峡の東・奇妙な渦潮が発生している地点へ向かおうとしているらしい。
「た……たすけて……」
「いや! いやああああああああ!」
被害者の叫びがアーカシ姫の耳を突く。
情けない叫びなど誰だって上げたくはない。
それでも助けを乞わざるを得ない、絶望。
人間性を踏みにじる、邪悪。
アーカシ姫の血が沸騰する。
「死ねええええええええええええええええ!」
アクセル全開のドゥカティ。
車体ごと駆除対象に衝突。
アーカシ姫も衝突寸前でシートに足をかけ、肘を突き出し体当たり。
巫覡発勁 (ふげきはっけい) のサービス付きだ。
【 中国山陰武術:突鶏拳 砂丘梨肘 】
一体を粉砕。
勢いで地面に叩きつけられるアーカシ姫。
あばらが数本折れた。
残る駆除対象は二体。
人間を絡めたまま海に入ろうとしている。
アーカシ姫は砂浜を駆けた。
間に合え。
間に合え。
海に沈みつつあった駆除対象にアーカシ姫は取りついた。
殺意を押さえ、まずは救助を優先。
強引に人間を引き離し、砂浜へ投げ飛ばそうとするも、
二体の駆除対象が触手を絡ませ、アーカシ姫を海に沈める。
息が出来ない。
巫覡発勁 (ふげきはっけい) が錬 (ね) れない。
海水が粘液と共に口に入り、全身を触手が這う。
まずい、死ぬ。
あたし、死ぬ。
ちくしょう、ここで終わりか!
こんなもんなのか!
せめてコイツらだけは殺したい!
殺してやる!
アーカシ姫の絶叫は海の泡としてブクリと浮き上がる。
被害者も自分も、助けられず助からず。
◇◇◇
運は偶然にあらず。
日々の生き様、行動が引き寄せる必然なのだ。
藤江の砂浜を駆ける黒装束。
手には苦無 (くない) 、小さな刃物だが陰陽の札付き。
「急急如律令呪符退魔……」
黒装束が真言を唱え、アーカシ姫を捕らえる駆除対象に投げつけた。
突き刺さる苦無 (くない)
叫ぶ黒装束。
「六根清浄ッ!」
飛び散る駆除対象、海水に混ざる。
残る一体も黒装束は逃さない。
梵字が刻まれた忍者刀で斬りつけ、すかさず印を結ぶ。
「天家璃々ッ!」
ジャバ。
駆除対象は海水に溶け、小さな波の一つと消えた。
後から追ってきた数名の黒装束が、さらわれた被害者とアーカシ姫を砂浜へ引きずり上げる。
最初に現れた黒装束、濡れた体を震わせた。
「ほほ、ワシも年じゃて、無理はしとうないんじゃがの……」
藤江海岸に響くサイレンと点滅する赤色灯。
呼んでおいた救急車が到着したようだ。
黒装束の一人が、老いたずぶ濡れの黒装束に声をかける。
「……翁 (おきな) 、そろそろ」
「ほほ、潮時じゃ、海岸だけにな」
「……ぷっ……くく……くくく……うひひひひ……」
「いや、別にそんな面白くないじゃろ……」
笑い上戸の黒装束はともかく、彼ら唐櫃 (からと) 衆は去った。
波が揺れ、その西の向こうに淡路が広がっている。
アーカシ姫、ここで意識を取り戻し、海水と悪態を吐く。
「がはッ……クソが……」




