関西弁のお姫さま、土下座する
アーカシ・ウォンターナは酒飲みである。
酒飲みの良くない所は、天地万象 (てんちばんしょう) のあらゆる料理や食材を、酒のツマミとしての価値で値踏みする思考ではなかろうか。
料理・食材 ≒ 酒のツマミ
あるいは
料理・食材の価値 ≒ アルコール度数 × 摂取量
という「バッカスの定理」とでも呼びたくなる謎理論を信仰し、ラズウェル細木や吉田類の書籍を聖書のように読み始めるともう手遅れである。
そのうち蒸留酒と醸造酒の違いを嬉々として語りだすだろう。
アーカシ・ウォンターナ、彼女は王族であり、姫君であり、ただの酒飲みである。
今は相棒のオリビアの前で、ただ静かに土下座をしていた。
「姫さま、これは何ですか」
オリビアが微笑み、問う。
アーカシ姫、伏して答える。
「たい焼きです」
アーカシ姫、恐怖のあまり関西弁を忘れる。
オリビア、再び問う。
「姫さま、私は何を買ってきて欲しいと頼みましたか」
「たい焼きです」
「姫さま、私はどこで買ってきて欲しいと頼みましたか」
「丹波製餡所か、鳴門鯛焼本舗です」
「駅構内の山陽たい焼でも、ラ・ムーのパクパクでも構いません」
「はい」
「姫さま、このたい焼きはどこで買いましたか」
「魚の棚です」
「姫さま、このたい焼きはどうして3000円を超えるのですか」
「天然・明石鯛の姿焼きだからです」
見事な鯛の姿焼きがオリビアとアーカシ姫の間に置かれていた。
日本酒の肴 (さかな) としては比類なき一品ではあるだろう。
だが、午後のお茶請けとしてオリビアが望んだ甘味とは程遠く、日々の暮らしを節約で乗り切ろうとする彼女の神経を逆なでする一品でもある。
「買ってきます、今すぐ甘いたい焼き買ってきます」
アーカシ姫は家を飛び出し、たい焼きを買いに行くのだった。
◇◇◇
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【明石のたい焼き】
たい焼きと言えば養殖と天然があったり、実売されているのが粒あん一択だったりと小ネタはあるが、ここでは語らない。
詳しくはwikiか「めしばな刑事タチバナ」を読んで頂くとして、明石市内だと駅構内の「山陽たい焼」か、筆者がよく買いに行く「丹波製餡所」が定番と言えるだろう。どちらも安くて美味しい。
明石駅を南に出た2号線沿いには高級エリートたい焼きの「鳴門鯛焼本舗」がある。
エリート巫女アイドルでお馴染みの「さくらみこ」とのコラボは35Pならずとも全人類の知る所ではあるが、現在まさかのエアロスミスとコラボ中。
スティーブン・タイラーがたい焼き好きなのは知っていたが……この縁がHM/HR界で広がり、いつかMANOWARとコラボして「偽たい焼きに死を」とか言い出さないか心配である。
筆者としては明石市内にある全てのたい焼き屋さんはもちろん、「鳴門鯛焼本舗」の推す「みこち」とエアロスミス、そして「丹波製餡所」朝霧店が推す謎のキャラクター「丹波きりこ」も応援していく所存である。
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アーカシ姫は海岸沿いをさ迷い歩く。
「たしかこの辺で、たい焼き売ってた気がすんねんけど……」
辺りを見回すアーカシ姫を見かねたのか、
教会のシスターが声をかけてきた。
「迷える子羊よ、なにかお探しですか」
「羊やないけど迷ってはいるな、この辺でたい焼き売ってなかったっけ?」
「ようこそ、我が教会へ、たい焼きはこちらに」
「えええ! 教会でたい焼き? おもろそうやん、行かせてもらうわ!」
◇◇◇
"求めよ、そうすれば、与えられるであろう
捜せ、そうすれば、見いだすであろう
門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう"
──新約聖書「マタイによる福音書7章7節」──
怪しい教会だった。
朽ちた壁、空いた天井、無人の礼拝堂。
説教壇ではシスターが、餅や団子、たい焼きなどを焼いていた。
「迷える子羊よ、主に何を求めるのですか」
「ほな、たい焼き4つ」
「では当教会へ480円の献金を」
「ほい、500円」
「おお、主よ、この方は20円のお釣りを寄付して頂けるそうです」
「なんでやねん! まあええわ20円くらい」
「冗談です、では20万円のお釣りをお返しします」
「関西のオバハンか!」
古き良き関西的なやりとりの後、たい焼きを手にしたアーカシ姫は教会を出た。
意外にもシスターは関西人ではなく、九州・長崎の出身だという。
「醤油も甘い」と言われるほど長崎の砂糖文化は歴史が古く、シスターも明石で団子を中心とした甘味屋を目指しているとのこと。
ついでに神の教えも広めたいそうで、ここで祈りを捧げつつ餅や団子、たい焼きを焼いている。
色々大変だなと思いいつつ、アーカシ姫が振り返って教会を見ると、朽ち果てた看板の「だんご」の文字が間違って入れ替わっていた。
【明石だごん教会】




