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風雲あかし城  作者: キャベツが主食の☆黒い安息日
二番目物【修羅能】
26/59

関西弁の市長、襲われる


 南木綾音 (なんぎ あやね) は政策局市長室所属の明石市職員である。


 武家の出身で、兄・景樹と同じく幼少より市職員となるべく育てられた。

 武芸百般は当然のこと、代々伝わる朝霧流抜刀術の免許皆伝に至っており、その腕前は評価が高い。


 海野アケミが明石市長に就任した頃、兄が失踪した。


 何の前触れもなく、何一つ書置きも残さず、行方が知れない。

 何者かによって暗殺された可能性も捨てられないが、彼は朝霧流の師範代でもあり生半可の武芸者では太刀打ちできない。

 陰陽の術など魔導や幻術による襲撃は、むしろ朝霧流の真価を発する機会であり、後れを取るとはますます考えられない。



 となれば、兄は何処 (いずこ) へ?



 行方を追う意味でも、南木綾音は兄がいた政策局市長室へ配属を希望し、承認された。

 まあ彼女の腕前を考えれば、入って当然の相応しい部署だとも言えるのだが。





「今日は魚の棚や、張り切っていくで!」



 市長が市役所を出て、市内を視察する。

 大切な公務であり、護衛が付き従う。


 県知事ともなれば身分相応に相当数の警護がつく。

 しかし庶民出身の、しかも財政の切り詰めを公約で掲げる海野アカネ市長の視察となれば、腕利きの護衛が一人つく程度。



「綾音ちゃン、ついて来てや」



 南木綾音が護衛に指名された。

 彼女は市長のお気に入りだ。


 明石市魚の棚は明石城下の商店街で、多様な店舗が立ち並ぶ。

 特に魚や練り物などの海産物が盛んに取引され、市場には新鮮な魚介の香りが漂う。

 潮の流れが激しい明石海峡で鍛えられた鯛やタコは身がしまり、古くから食通を唸らせてきた絶品である。



「活況やな、明石も安泰や」


「ええ、はい、そうですね」


「綾音ちゃン、玉子焼 (あかし焼き) でも食べて帰ろか」


「ええ、はい、そうですね」


「綾音ちゃン、もうちょと肩の力抜いてええンちゃう?」


「ええ、はい、そうですね」


「玉子焼きもタコ焼きも、似たようなもんやな」


「叩き斬るぞ平民市長」



 主君とはいえ譲れない一線を越えたらしい。

 明石市民としては当然の反応だ。


 二人っきりだと綾音と市長は、打ち解けた関係だった。

 綾音は実のところ口が悪く、市長もそこが気に入っている。

 とはいえ当然場は弁えるし、武士として主君の為に忠を尽くす。

 それが命の危機となれば、尚更 (なおさら) である。



◇◇◇



 魚の棚を南に下り、ジェノバライン (旧たこフェリー乗り場) の東側を歩く。

 海野市長は綾音と二人、夕波に揺れる漁船を眺めていた。


 人通りのない周囲に、不釣り合いな足音、息遣い。

 常人なれば気付かぬが、綾音の耳は誤魔化せない。



「市長、お下がりを」



 南木綾音、刀の鍔 (つば:主に丸い部分) を親指で押す。

 わずかに鞘 (さや) から刀身、数センチほど抜き出す。

 いわゆる「鯉口を切る」状態だ。

 刀が瞬時に抜けるようにするための準備動作。


 気付かれぬよう、先手を取り、

 一方的に武力 (暴力) を振るうための姑息な技術。


 武術とは、いかに相手をだまし討ちするか、これに尽きる。

 礼節や作法など、命の取り合いには何の役にも立たぬ戯言なり。



「何奴か」



 南木綾音、人気のない路上で誰何 (すいか:何者か聞くこと) する。

 返答の代わりに風切る音。

 飛び道具。

 いや、投石か。

 咄嗟に身をかわし、剣を抜く。



「なあに、冗談よ、市長どのへ、挨拶に参ったのよ」



 何処からとなく枯れた老人の声。

 姿は見せぬつもりらしい。

 他にも複数人は潜んでいよう、厄介だな……



「市長はここにおらぬ! こやつは影武者! ぬしら、姿を見せよ!」



 南木綾音、咄嗟の嘘も混ぜつつ大声で叫ぶ。

 周囲の通行人や住民にも聞かせたい。

 騒ぎを起こして人が集まればこちらに有利。

 隠れている連中は人目につきたくないだろうし、我らも人ごみに紛れ逃げやすい。



「ほほ、賢いお嬢ちゃんよ、乱戦の習いよくご存知じゃて」


「さあさあ! 今にも人が集まって来ようぞ!」


「おお、怖い怖い、せめて名乗るゆえ、許しておくれ」




 名乗る?

 名乗るなどバカもいい所だ。

 そもそも返答し会話する時点で暗殺目的ではなさそうだが。

 こやつら一体……



 一瞬の油断だった。



 思わぬ方向からの投石。

 そして逆方向からの突進。

 集団戦に慣れた手練れの連携行動。


 常軌を逸した速度で綾音に接近する黒装束、八相の構えから斬りつけてきた。



「ほほ、一手馳走じゃ、かああああああ!」



 南木綾音、上段に振りかぶり、黒装束へ刀を叩きつける。



「だりゃああああああああああ!」



 

【 朝霧流 剛剣・添水 】



 ぶつかり合う金属音。



 別名、鹿威し (ししおどし) とも呼ばれる剛剣

 【添水】(そうず)

 対手の刀身を叩き折る目的で打ち込む力まかせの一撃である。


 南木綾音が女だからこそ尚更 (なおさら) 有効な一手。

 刀身は折れずとも対手を怯ませる実用性の高い技法。


 習得も容易で、ただ鍛える、それだけである。


 案の定、刀身は折れなかった。

 だが、斬りつけてきた人物は素早く引き下がる。




「ほほ、やるのやるの、お嬢ちゃん、甘く見ておったわ」


「………………」


「ほほ、そんなに怒るな、本当に冗談じゃて」


「………………」


「駄賃に飴でもやろうかの、我ら唐櫃 (からと) 衆、裏六甲に根を張る忍びじゃ」


「…………信用ならぬ、して、唐櫃衆とやら何用だ」


「市長どのにご挨拶じゃ、然らば御免、また来るでの、ほほ」




 周囲より数名が引き下がる気配。

 ヤツら、本気でヤル気なら、ヤレてただろう。

 正直、助かった。

 唐櫃 (からと) 衆と名乗る連中の目的は知れぬが、南木綾音は主を守る目的を果たせた。




「ああ綾音ちちゃン、いまいまいまの何ややったの?」



 足をガクガクふるわせ、南木綾音にすがりつく海野アケミ市長。

 普段は強気で豪快なだけに、こういう姿は新鮮で可愛い。



「なあに、どこぞのクソ爺が挨拶に来ただけですよ」



 刀を鞘に納め……いや刀身が曲がって鞘に入らない。

 やれやれ、もったいない。

 でも公務員で良かった。

 すぐに申請して市から新しい差料 (さしりょう:腰に差す刀) を支給してもらうとするか。


 南木綾音は剥き身の日本刀を脇に挟み、市から支給されたガラケーで公用車を手配した。

 

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