関西弁のお姫さま、現る
アーカシ・ウォンターナは王族である。
王位継承権を持つ姫君ではあるが、本人は粗末な身なりで豪放磊落 (ごうほうらいらく) 、人生の難関には拳で立ち向かってきた。
「おっさん、ちょっと端に寄ってんか」
今日も下町の立ち飲みで、太刀魚の銀皮造りをあてに安酒を煽る。
常連の男がアーカシ姫に声をかけた。
「アーカシ姫やないか、どないしとってん」
「うちか? 別にどないもせえへん」
「顔出さんかったやないか」
「仕事や、最近アホが増えとるさかいな」
アーカシ姫は市の認可を受けた陸上漁師。
狩るのは海洋性特殊外来生物、最近出没する奇妙な物体だ。
それは唐突に現れ、人を襲う。
機嫌よく酒を煽るアーカシ姫に、新たな依頼が入る。
市から支給されたガラケーに、駆除対象の出現位置が表示された。
「また仕事やん、ほんま腹立つわ……」
せんべろのお得なセット料金を払い店を出る。
外で待ち構えている黒髪の女、赤いドゥカティのセルを回す。
空冷二気筒のエンジンが力強く鼓動し、後部座席で主の着座を待つ。
「今夜は出るって言ったでしょ? 飲んでる場合じゃないって」
黒髪の女がアクセルを手にアーカシ姫へ言い放つ。
金髪をメットに納める姫は、丹田呼吸でアルコールを体内から飛ばす。
オートバイの後部座席に座る場合、飲酒は禁止されていない。
しかし、これから行う駆除作業の危険性を鑑みるに酔ってる場合でないことも確かだ。
「ほな行こか、オリビア」
オリビア、アーカシ姫、ともにメットのシールドを下げる。
赤いドゥカティは路面を蹴りつけ走り出す。
◇
明石市大池、長谷池の南東。
人気のない辺鄙な場所に駆除対象が出現しているらしい。
海洋性特殊外来生物には法則があり、必ず明石市内に出没する。
その原因は分かっていない。
ただ物理的な排除が困難で、切ろうが撃とうが、分裂して増殖するのだ。
消滅させるには圧倒的な火力で粉砕するか、あるいはアーカシ姫のように……
「おった、あれや、バイク止めや」
アーカシ姫が駆除対象を確認。
後部座席を飛び降りメットを脱ぎ捨てた。
走る。
彼女は走り、駆除対象へ向かう。
それはデタラメな存在だった。
魚のようであり、頭足類のようであり、大きかった。
2mはある体長を直立させ、触手を振り回している。
アーカシ姫は意に介さず全速力で接近した。
「ちぇりあああああああああああ!」
アーカシ姫が巫覡発勁 (ふげきはっけい) を練る。
丹田に息を集め、人外の法則で外法の術を展開。
駆除対象の正面、重心を沈める。
大地を踏みしめ、呼吸を止める。
拳を相手に叩き込み、溜めた呼吸も流し込む。
【 中国山陰武術:獅馬錬拳 宍道蜆打 】
アーカシ姫が叩き込んだ拳が駆除対象の胴体に直撃。
海洋性特殊外来生物は粉砕、海水の塊へ変化した。
アーカシ姫、全身にその海水をかぶる。
「くっさ! 水くっさ!」
彼女が放つ拳は中国山陰・山陽武術。
巫覡発勁 (ふげきはっけい) という呼吸法により退魔の効力を持つ。
海洋性特殊外来生物の駆除には非常に効果的で、その腕を見込まれ市から駆除を依頼されているのだ。
このような技術を持つ者はアーカシ姫のほかに数名程度存在し、市の認可を受け陸上漁師となっている。
「オリビア、はよ帰ってシャワー浴びるで!」
アーカシ姫の絶叫が響く。
長谷池の湖面は静かに揺れていた。
◇◇◇
明石市長、海野アケミは市議臨時会を招集する。
元老院の貴族に対し、自身の要望を採決させるためだ。
いつものように質疑応答がなされ、
いつものように討論が行われ、
いつものように大荒れする。
「せやから、明石市民が困っとンねん、自衛隊を呼ばンかい!」
海野アケミ市長、絶叫。
元老院、反発。
「暴論だ! 市長がまた暴論を吐いた!」
「明石市内で対人兵器を使用するつもりか!」
「市の権限で自衛隊が動くわけがない!」
提案は否決され、市長はブチ切れ議場を出て行った。
最近明石市内で出没する海洋性特殊外来生物、この奇妙な存在が人的被害を及ぼしている。
警察や猟友会の手に余り、
人数の限られた陸上漁師に頼るしかない現状を市長は憂い、
自衛隊の早期介入を実現したいのだ。
元老院も市長の気持ちは理解している。
ただ彼女は早急で、直球すぎるのだ。
感情任せで直情的な行政など、封建社会じゃあるまいし許されない。
「やれやれ、六甲のイノシシじゃあるまいし」
元老院の貴族議員がつぶやいた。
それは海洋性特殊外来生物を例えたのか、あるいは海野アケミ市長のことか。
◇
「あンのボケどもが! だまってウチのいうこと聞いとりゃええンじゃ!」
市役所の廊下をガニ股で歩く海野市長。
相当憤慨しているらしい。
前市長の引退にともない行われた市長選で、明石市初の庶民市長が誕生。
それが海野アケミだ。
長年続いた貴族による穏やかな市政とは異なり、速度重視の改革路線を実行。
概ね評判は良いが、強引な手腕に批判の声も上がっている。
「あンたもそない思うやろ、なあ?」
海野市長は同行する女性市職員に同意を求める。
社交辞令的な気のない返事しか返ってこないのはわかっているが、それでも聞きたいくらいに腹の虫がおさまらないらしい。
「ええ、はい、そうですね」
政策局市長室の市職員、南木綾音 (なんぎ あやね) は一応同意した。
綾音は実のところ緊張しており、それどころではない。
市長の護衛任務中なのだ、場合によっては腰に差す刀を抜く。
相手が海洋性特殊外来生物であっても、人であっても、役目とあらば斬らねばならぬ。
それが市職員、すなわち武士の定めなのだから。




