貴族令嬢、アーカシ市長と謁見する
「その方、面を上げい」
貴族令嬢・黒い安息日は「あかし城」謁見の間にいた。
新たな名物の進捗状況について、アーカシ市長と側近に報告するためだ。
「お……恐れ多くて……」
黒い安息日は頑なに顔を上げない。
アーカシ市長を視野に入れないよう、下を向いたままだ。
ずず……
ずずず……
ずずずず……
アーカシ市長が近づいてくる。
あるいは、伸びている?
アーカシ市長の悍ましい触手が黒い安息日に触れる。
アーカシ市長の悍ましい叫びが黒い安息日の耳を突く。
「●★▲◆§★■◆●Θ▼◆§★■◆!」
頭が、頭がはち切れそうだ。
心が、心が砕けてしまう。
黒い安息日は意識を失った。
◇◇◇
明石市。
マンションの一室。
女が伏している。
泣いていた。
辛いことがあったらしい。
我慢するしかなかったらしい。
頼る人はいないらしい。
誰にも話すことが出来ないらしい。
ただ泣いて、泣き疲れて、そのまま眠りについた。
寝息を立てる彼女の肩を、そっと触れるものがいた。
おとぎ話に出てくるような、貴族令嬢の姿。
眠る女が慰めに書く小説の、主人公そのものだった。
それは、実在した。
それは、実在してしまった。
それは、実在する明石市で、実体を持ってしまった。
女が目覚めないよう、貴族令嬢は魔法をかけた。
女が目覚めない限り、貴族令嬢は実在し続ける。
泣き伏せる哀れな女に、永遠の眠りを。
泣き伏せる哀れな女に、黒い安息の日々を。
◇◇◇
黒い安息日は目を覚ます。
ダメだ、絶対にダメだ。
私は絶対に、アーカシ市長を見てはいけない。
視野に入れてはいけない。
存在を認めてはいけない。
あれは世界の歪み。
あれは矛盾。
あれは嘘。
あれを私が認めない限り、世界は存続する。
あれを私が認めた時点で、世界は崩壊する。
あれは私の……
私の世界の……
私自身の……ドッペルゲンガーなのだから。
「●★の◆§には◆●黒▼■◆は明石§★■◆!」
少しずつ理解し始めるアーカシ市長の言葉。
……まずい。
「き、気分がすぐれないので失礼します、ホホホ……」
黒い安息日は口元を押さえ、謁見の間を退いた。
ここは爺やとお友達のいる現実世界。
明るく楽しく冒険に満ちた美しい世界。
失うわけにはいかない。
辛く孤独な異世界になど、戻りたくない。
大きな矛盾を成立させるために必要な、嘘。
その矛盾が大きくなれば、嘘も大きくなる。
やがて嘘は分裂し、増殖し、侵攻し……
この現実世界を崩壊させるのだろう。
それでも、それでも異世界には帰りたくない。
あんな悲しい、悲しい世界では生きられない。
だからせめて、せめてこの世界が崩壊するその日まで……
◇◇◇
「痛ッ!」
白い定休日こと白音 (しろね) の君は、謁見の間を陰陽の術でモニタリングしていた。
それがアーカシ市長の気に障ったらしく、黒い安息日が席を外したタイミングで市長の式神返しを喰らった。
右目に痛みが走り、血涙が滴り落ちる。
「あ痛たたた 市長はご機嫌 斜めかな」
意外にもアーカシ市長は寛容と言うか大雑把で、自身が観察されようが頭上を式神が飛ぼうが意に介さない。
だが今日は違うらしい。
不穏な雰囲気を白音 (しろね) の君は感じ取った。
「こりゃ何か 面倒な事が 起きますえ」
白音 (しろね) の君
しばし考え下の句をつなぐ
「あちらの世界で 何かあるかも……」
◇◇◇
謁見の間では市の職員が数人で、アーカシ市長が立ち去った後の粘液をモップで清掃していた。
彼ら側近はアーカシ市長の眷属であり、人の心よりもアーカシ市長の意思と感情に強く共鳴する。
側近は感じていた。
今日のアーカシ市長、少し寂しそうだった、と。
◇◇◇
風雲あかし城
一番目物【脇能】
了




