貴族令嬢、覚悟を決める
♪シャバダバ、シャバダバ……
ジャズのスキャットが聞こえる。
午後11時、いわゆる11PM (イレブンピーエム) だ。
ダンジョン!
ダンジョン!
愉快なダンジョン!楽しいダンジョン!
……そう、貴族令嬢・黒い安息日は、これよりダンジョンへ向かわなければならない。
アーカシ市内には、いくつかのダンジョンが存在する。しかし、その多くは深夜の立ち入りが禁止されている。ダンジョン内のモンスターたちも、夜は静かに眠りたいのだろう。
だが例外はある。草木も眠る深夜こそ、輝きを放つ妖しいダンジョン
「ラァ・ムーン」
【ラァ・ムーンのダンジョン】
とある秘密教団が作ったと噂されるダンジョン。ぶっちぎりの地域最安値と、広大な土地面積、年中無休の24時間営業で他のダンジョンを圧倒している。だが意外にもアイテムの品数が豊富というわけでもなく、回転数の良さそうなものを主軸に在庫を抱えないよう工夫されているようだ。
冒険者たちの馬車を預かる土地も広大で、遠方からの攻略者も多いが、夏場の深夜など改造馬車に乗ったガラの悪い冒険者のたまり場となることもある。
[値段] 激安、そこは間違いない
[品質] 肉・野菜はそこそこ、お惣菜・お弁当は合格ライン
[品数] 売れそうなものは多いが、マイナーなものは少ない
[美観] 清潔で整頓されているが、工場のような味気なさ
◇◇◇
黒い安息日は貴族令嬢である。騎士ではない、魔法使いでも忍者でもない。特別なユニークスキルもないが、リアルでユニークな人生を過ごしてはいる。だが、ダンジョン攻略には役に立ちそうもない。
ならせめて、ワークライフバランスを整えよう。ワークライフバランスとは何か?知らん。流行っているから言ってみたかっただけだ。マジで知らん。
とりあえず現状を把握し、目的を明確にしよう。
君主、アーカシ市長に「あかし焼き」のような名物を探せと命じられている。そもそもアーカシ市長がタコ焼きを駆逐し「あかし焼き」をゴリ押しする意図もよくわからないが、余計な詮索は寿命を縮めかねない。
その方法として「ダンジョンを攻略」と指定されている以上、「名物」とは食材あるいは料理であると考えられる。ならばモンスターとの戦闘は不要、ひたすらアイテムを収集し、料理を錬金すればいい。ライザのアトリエみたいなものか。あの太ももはヤバい。
方針は決まった、では具体的に何を作るか。
封建社会と近代社会の違いは何か、労働に対する対価の有無だ。封建制では君主の命令に、配下や人民は「自費」で実行せねばならないのだ。もちろん君主も賃金を払ったり食事を提供することもある。しかし、それは「慈悲」であり、釣り合う対価とは限らない。
アーカシ市長の要求に正当な対価があるとは限らない、いや、思えない。よしんば何か褒美を下賜されたとして、それは得体の知れない異界の彫像や呪われた魔道具とかだろう。いらないどころか処分に困る。あるいは市職員のように洗脳されて眷属に……冗談ではない。
よし決めた、自分も必要なアイテム (食材) を収集しよう。
今、自分が必要とする食材、それは……
私はインスタントラーメンが好きだ。カップラーメンは食べない、お店のラーメンは好きだが別口、袋ラーメンが好きなのだ。
一日二食、しかし二日に一度はルーティンとして必ず食べるほど、袋ラーメンが好きだ。味のバランスを壊さないよう工夫して、野菜たっぷり食べるのだ。
諸君 私は袋ラーメンが好きだ
諸君 私は袋ラーメンが好きだ
諸君 私は袋ラーメンが大好きだ
うまかっちゃんが好きだ
好きやねんが好きだ
宮崎辛麺が好きだ
サッポロ一番塩ラーメンが好きだ
エースコックのワンタンメンが好きだ
何でも食べるが、わりと定番の袋麺が大好きだ
麺を箸で崩すと負けた気がするのでキャベツで覆 (おお) い隠し煮込むのが好きだ
時間通り煮込んだラーメンを器に移すと麺がバラバラにほぐれていく様は心がおどる
メーカーの表記する水分量より若干少なめの450mL (フィーアヒュンデルトフュンフツィヒ) で煮込まれたスープは完飲に値する
ネギで青く染めるラーメンはいいが、根に近い白い部分で表面を埋め尽くし苦味やエグ味がでる様はとてもとても悲しいものだ
諸君 私はラーメンを、ラーメンに合う具材を求めている
諸君 本作のような頭ぶっ飛んだ作品を読み、なおかつ袋ラーメンを愛する諸君
君達は一体何を望んでいる?
新たな具材を望むか?
鶏のもも肉をジップロックで茹でた鶏叉焼 (とりチャーシュー) を望むか?
冷凍の枝豆をぶちこんで植物性タンパク質の摂取を望むか?
ガガ ガガ ガガガガッ
「焼豚 (チャーシュー)!焼豚 (チャーシュー)!焼豚 (チャーシュー)!」
よろしい ならば焼豚 (チャーシュー) だ
「ダンジョンで豚ブロックを手に入れ、焼豚を作りますわよ、ホーホホホ!」