貴族令嬢、お友達を執事に紹介する
宮殿の一室で老執事は葉巻を嗜んでいた。
普段なら赤いマールボロで十分だが、自室でレコードに針を落とした後は、葉巻とジャックダニエルが必要だ。
カッターで葉巻の先を落とし、デュポンのライターでシダー片に火をつける。
────キン。
ジッポでは鳴らない硬質の金属音。
シダーの炎で葉巻の先端を焦がす。
無駄な手間を味わう老執事の背中に、レコードから流れるジャズの旋律がのしかかる。
「Blue In Green」
マイルスのペットは時に姦しい。
今は独特の陰鬱さが漂うビル・エヴァンス版が相応しい。
汚れず生きた男に、何の価値があるのか
自分の為に、誰かを欺き
誰かの為に、自分を欺く
男が素直でいられるのは
子供の時と、孤独な時だけさ
……
遠くでアードレスの蹄鉄が響く
お嬢さまがお帰りになったようだ
やれ、出迎えるとしよう
◇◇◇
「お帰りなさいませ、お嬢さま」
宮殿の入り口で老執事が出迎える。
いつもの光景、いつもの礼節。
深々と頭を下げ忠義を示す。
「今日はお客様をお連れしましてよ、ホーホホホ!」
お嬢さまはお友達をお連れのようだ
……って、なんじゃこりゃ!
「初めまして、私はMH77A 学天則 (がくてんそく) です」
どんな客人であっても驚かない老執事だったが、さすがに人外、しかもロボットは予想だにせず動揺した。
主人である黒い安息日も、ここまで驚く執事を始めて目にした。
「こ、このお客人は……ストリートファイターIII 3rd STRIKEの Q ではありませんか!」
本当はロボット刑事か電人ザボーガーと言いたかった老執事だったが、あまりにも古いのでスト3のQで例えた。それでも26年前のゲームだが。
幸運なことに、MH77A 学天則がインストールした「中世の極東地域言語フォルダ」内のアーカイブに当時流行した文化としてのスト3が記録されていた。
「ご希望でしたらスーパーアーツ突進及び致死連続打撃 (仮) をお見せします」
話を合わせる学天則。
老執事は大喜びだ。
「おおおお!ぜひブロッキングも見せていただきたいですぞ!」
パキン!と音を鳴らし、全身を発光させる学天則。
老執事、感極まり叫ぶ。
「し、しばしお待ちを!」
何を思ったか老執事は、急いで宮殿に戻り衣装室へ。
トレンチコートとスーツを一式持ち出し、学天則に与えるのだった。
「ぜひ、ぜひこれをお召しください、お似合いになりますぞ!」
主をほったらかしで大はしゃぎの老執事。
滅多にないことで黒い安息日もご満悦だ。
◇◇◇
主人・黒い安息日が夕食を済ませてないとの仰せで、老執事は客人・学天則の用意も必要か聞いた。本来なら黙ってお客人の分も用意するが、なんせ相手はロボットだ。勝手が違い過ぎる。
すると意外なことに、学天則は食事が可能で、むしろ休日は食べ歩きを趣味としているとのこと。あと、彼は自分がロボットではなく人間 (サイボーグ) であることも老執事に説明した。そこはこだわるらしい。
「私は蓄電式外燃機関で動力を得ていますので、適切な部品交換を怠らない限り活動限界を迎えません」
「ほほう、食事は不要ということですか」
「メンテナンスとしては不要ですが、私は各個体の自由意思に委ねられた存在意義を【食事】と設定しました」
「それはなぜですか」
「素晴らしい質問です、そして哲学的です、理由が不明瞭であることが重要なのです、それは私が人間である証明となります」
「……簡単に説明すると?」
「……検索の結果、作家・士郎正宗氏の作中に適切な言葉を見つけました、ゴーストが囁くのです」
「……なるほど、ちなみに書き換える前の存在意義とは?」
「初期ロットの時点で私に設定されていた存在意義は、戦争の勝利に貢献しろ、それだけです」
彼はロボットだった
存在意義を失うことで、人間となった
自由意思こそ、人間の証明なのだ
必要に応じ命じられるまま適切に行動するのは作業であり
ダンジョンで迷い無様を晒して冒険するのが人間の物語だ
最悪の結果を選択する愚か者にはなれても
最良の結果を選択するだけのロボットにはなるものか
自分の存在意義は、自分が決める、それが人間だ!
◇◇◇
「なるほど、統治者が地域特有の飲食可能な特産品の設計を要求しているのですね」
「別に地域特有じゃなくてもいいけど、そういうことですわ、ホーホホホ!」
食事をしながら黒い安息日と話す学天則、心理的空気調整機能が作動し食事量や摂取速度を適時コントロールしている。なお、最新型なのでアルコール摂取濃度に応じて自動的に知的水準を低下させる機能も備えている。
「なるほど、では個性的かつ簡易な食材または糧食が最適解となりますか」
「そうねえ、なにかあるかしら?」
「スパークリング醤油とかいかがでしょうか」
ぶふぉ。
黒い安息日は吹いた。
さすが学天則、ノータイムで常軌を逸したアイデアを出してきやがった。
確かに斬新で個性的、簡単に作れそうだし、味も調整すれば案外何とかなるかもしれない。
しかし、絶対に口にしたくない。
「ざ、斬新なアイデアね、考えとくわ、ホーホホホ!」
帰るところのない学天則を、黒い安息日は自宅の宮殿で面倒を見るつもりだが、少なくとも料理はさせたくない、そう思うのだった。




