貴族令嬢、母校を偲ぶ
明石市立エスカルゴ女学院は、学園都市にある。
元は神戸市西区だったが、アーカシ市が侵攻し領土拡大、周辺の教育機関を接収した。独立した私立学院だったが、現在はアーカシ市に管理権を譲渡する形で市立として運営されている。
とはいえ「学院の方針に市は一切の口出しをしない」という条件での譲渡であり、お嬢さま学院としての校風は健在である。
そもそもアーカシ市長に単独で交戦可能と噂されるパウル・ラダビノッド学院長に加え、10式戦車やFH70牽引式野戦榴弾砲など独自の学院守備戦力を有しており、学院教員の練度も高く、市としても安易に手出しできないというのが実情である。
「品性と作法、一つ一つは小さな火だが、二つ合わされば炎となる。炎となったお嬢さまは無敵だ」
という学院長の方針により、非常に偏った教育方針でも知られている。
学長の言う「品性」は武士道に求められ、「葉隠」「武家諸法度」はもちろん、戦国時代のリアル武士道まで必須科目となっている。主君に忠誠など近代になってからの後付けであり、武力による支配こそ武士道の本質……品性はどこいった?
「作法」とは立ち振る舞いであり、正しく行うには人体の構造を学ぶ必要がある。栄養学はもちろん筋トレと有酸素運動の違いなど正しく学び、実技のみならず座学も重視する。根性論による前時代的トレーニングは徹底排除されており、生徒の自主性に任されているため効率よく筋力アップ……作法はどこいった?
「えぇぇぃめぇぇぇん」 (AMEN)
学長は敬虔なカトリック教徒と自称し、つねに首から十字架を吊り下げている。それはペクトラルクロス (聖職者が着用する十字架) と思われるが、学長室からブラックサバスの「Children of the Grave」や「Snowblind」が聞こえてくるあたり疑わしい。選曲にもガチ臭が漂っていて怖い。オジー、安らかに……
エスカルゴ女学院から見上げる大きな空は、白い雲がとんでいた。
教員との会話だろうか、学長室からは明るい学院長の声がする。
「フグタく~ん、サザエさんに、言いつけちゃおっかな~」
今日は学院総出でハイキングらしい。
◇◇◇
ギョウ・スーの冷凍肉はおススメしないと言ったが、例外はある。
いや、むしろギョウスーの主力と言っても差し支えない……
────ブラジル産鶏もも正肉 2kg
ざわ……
ざわ……
圧倒的コスパっ……!
鶏もも肉6枚入って……2kg1000円前後の実売価格!
正気の沙汰とは思えない……
感謝っ……!
圧倒的感謝っ……!
「でも鶏肉って切り分けるの大変じゃなくって?」
「ブラジル産鶏もも肉角切り2kgもあるっす」
僥倖っ……
なんという僥倖……!
若干割高 (1500円前後) だけど……
正肉切った方が安いけど……
解凍するだけで角切り肉が……
────黒い安息日に電流走る
大きなタッパーで、から揚げ粉を水に溶かし
自然解凍した角切り肉を入れるだけで
大量の唐揚げが簡単に仕込めるのでは?
圧倒的 閃きっ……!
品切れの多いギョウ・スーだが、主力中の主力である冷凍鶏肉2㎏シリーズの品切れは滅多にない (絶対とは言わない) 。若干の割高とはいえ100g75円前後は破格の安値、品質も特に悪いという訳でもないし、唐揚げにするならなおさらだ。黒い安息日は冷凍の「ブラジル産鶏もも肉角切り2kg」を手にした。
「キンキンに冷えてやがりますわ、ホーホホホ!」
ダンジョン内に響き渡る高笑い。
しかし有馬翔子が水を差す。
「でも、冷蔵庫にそんな大きいタッパーが入る余裕あるんすか?」
あ……
ざわ……
ざわ……
……やられた……!
独身貴族令嬢の冷蔵庫に……
そんなスペースの余裕は……
「バカが……(バン!)、足りませんわ……まるで……」
冷凍庫も、冷蔵庫も、作り置きや常備する食材で……
無理……これ以上は、たぶん無理……
「嘘だわ……夢ですわ……夢に決まってますわ…………」
大量の唐揚げをお手軽に仕込む夢が断たれ、絶望する黒い安息日。
さらに有馬翔子が追い打ちをかける。
「ところがどっこい……夢じゃないっす……!現実っす……!これが現実…!」
ボロ……
ボロ……
涙を流し、打ちひしがれる黒い安息日。
しかしその肩を、そっと誰かが触れたような気がした。
下手だなあ、黒い安息日
欲望の開放のさせ方が、下手
熱い唐揚げなら上等よ
大量に仕込まなくて構わない
構わない話だから……
黒い安息日は立ち上がり、有馬翔子に告げた。
「地道にいこう」 (キラン)