貴族令嬢、お城に呼ばれる
貴族令嬢・黒い安息日は宮殿で目を覚ます。
「おはようですわ、ホーホホホ!」
午前五時、夜明けには早い。基本怠惰な彼女だが、朝だけは無駄に早い。年のせいで高血圧だからでは、などと邪推な勘繰りは良くない。若く健康的だから目覚めが良いだけだ。勘のいいガキは嫌いだよ。
「今日はお城へ呼ばれてましてよ」
貴族令嬢であれば君主の命令は絶対である。封建社会の完成形は、少数のサディストと多数のマゾヒストによって構成されるというが、それは資本主義であっても同じだろう。社会主義ならなおさらだ。耽美主義の黒い安息日であっても、そこは免れない。寝起きの曖昧な状態を振り払い支度せねば。
黒い安息日は、朝の支度が出来るのか
お城に辿り着くことが出来るのか
出来る、出来るのだ
……いや、そんなに大したことではない。
愛馬アードレスに馬車を引かせ、それに乗っていけばよいだけのことだ。ただし宮殿領土内での乗馬は禁止されている。 馬舎 (うまや) の近くに住む住民の迷惑になるからだ。馬車は車道に出し、そこでムチを入れる。
キュカカ……ブルルン!
愛馬アードレスがいななく。いざ、君主の待つ「あかし城」へ。
◇◇◇
馬車は「あかし城」を目指し国道2号線を走る。
その道中で黒い安息日は、自らのステータスチェックを行う。
ステータス
【本名】 黒い安息日
【コードネーム】 コンバット安息日
【職業】 貴族令嬢
【体重】 禁則事項です♡
【好きな食べ物】 キャベツ
【前科】 一犯
……え、ステータスってなんだって?なんでそんなもん見れるのかって?
……そんなこと、なろうで聞く?
……え、前科一犯ってどういうことって?
説明が面倒だから「貴族令嬢の華麗な留置所生活」を読んでね。
「あかし城」の説明をしよう。
「あかし城」とは兵庫県南部、マサチューセッツ州にあるアーカシ市の中心にある中世の城である。天守閣がないかわりに広大な地下施設が建造されており、アーカシ市の重要施設はここに集められている。30万人の収容が可能で、明石地下城 (ミンシェヂィシャーヂョン) とも呼ばれ、近年まで一般公開されていた。
「き……緊張しますわ……」
貴族令嬢・黒い安息日は君主の姿を見たことがない。幾たびか謁見の機会はあったが、見れないのだ。とてもではないが、見ることが出来ないのだ。
馬車は「あかし城」内に入った。
◇◇◇
「その方、面を上げい」
紋付き袴、丁髷 (ちょんまげ) のアーカシ市職員が、跪 (ひざまず) き頭を下げるロングスカートの貴族令嬢に声をかける。シュールな構図だが、ここは「あかし城」内謁見の間、いかなる理不尽であっても従わなくてはならない。疑問を抱くことも許されない。しかし黒い安息日は、抗った。
「お……恐れ多くて……」
黒い安息日は、顔を上げることが出来なかった。
なぜなら……そこには……
ぶしゅ……
ずるる……
じゅり……
君主、アーカシ市長の……
アーカシ市長の、音がする……
アーカシ市長の、動く音が……
海の臭いを漂わせ……
粘液のしたたる音が……
巨大な軟体生物がうごめく音が……
「●★▲◆§★■◆●Θ▼◆§★■◆!」
アーカシ市長が名状し難い叫びをあげる。それは脳を引き裂く金属音であり、狂気を誘う絶叫でもあった。
「なるほど、さすがは市長でござる、良案ですな」
なぜか理解し納得する市役所職員。
うんうん頷きながら黒い安息日に問う。
「しかと聞いたか、その方、あいわかったか」
わかるか!
そうツッコミたい気持ちを押さえて黒い安息日は聞き返した。
「よ、よく聞き取れませんでして……」
市役所職員はアーカシ市長の意図を伝える。
「貴族令嬢、黒い安息日よ。これよりアーカシ市内のダンジョンを攻略し、あかし焼きに続くアーカシ名物を発掘せよ。これは勅命である。」
いあ いあ あーかし
いあ いあ くとぅるふ かこぐん
いあ いあ あーかし
いあ いあ くとぅるふ かこぐん
謁見の場にとどろくアーカシ市長を称える歌。それは異界の言語で歌われ一般には理解できない。
現アーカシ市長は一度現役を退いた数年後、狂信的な支持者を従えて再び出馬、再選を果たした。ゆえに市長は旧支配者とも呼ばれている。
黒い安息日は頭を下げたまま、旧支配者、現アーカシ市長を見ないようにして謁見の場を去った。