第9話:閉ざされた扉の向こうで
王都の朝は、霧に沈んでいた。
グランディール家の館は静まり返り、空気は重く、冷たい。
私は、窓のない部屋に閉じ込められていた。
扉には魔力障壁が張られ、外の気配はほとんど感じられない。
ルゥの鳴き声も、もう聞こえなかった。
ただ、指輪の震えだけが、彼がまだ近くにいることを教えてくれていた。
食事は黙って運ばれ、誰とも話すことはなかった。
けれど、その日だけは違った。
扉が開き、二人の影が差し込んだ。
「まあ、ずいぶん落ちぶれたものね」
継母――マルグリット。
父グレゴールの再婚相手。
絹のドレスを揺らしながら、冷たい笑みを浮かべていた。
その後ろには、彼女の連れ子――リシェル。
私より少し年下の少女。
いつも父の前では猫をかぶっていたが、今はあからさまな侮蔑の目を向けていた。
「“空翔ける者”だなんて、笑わせないで。
結局は、父様に逆らって幽閉される程度の存在じゃない」
私は何も言わなかった。
言葉を返す価値すら感じなかった。
マルグリットは部屋を見回し、鼻で笑った。
「王妃になる話を断るなんて、あなたらしいわ。
誇りだけは高いけれど、何も守れない。
母親譲りね」
その言葉に、胸の奥が冷たくなった。
けれど、私は顔を上げた。
「ここに来たのは、私を傷つけるため?」
リシェルが肩をすくめた。
「いいえ。ただ、あなたが“負けた”ってことを確認したかっただけ」
マルグリットは扉に手をかけ、振り返った。
「この部屋でよく考えることね。
あなたが空を翔けるには、まず地に伏す覚悟がいるのよ」
扉が閉まり、再び静寂が戻った。
私は拳を握りしめた。
怒りでも、悲しみでもない。
それは、確かな決意だった。
「負けたと思ってるなら、見ていなさい。
私は、ここから翔ける」
指輪が、かすかに震えた。
その震えは、私の心と呼応していた。




