第6話:揺れる決意
辺境の空は、静かに晴れていた。
ルゥは庭先で羽を広げ、陽の光を浴びながら転がっている。
私は干した薬草を束ねながら、彼の寝息に耳を傾けていた。
この村での暮らしは、静かで、穏やかで、何より“自由”だった。
誰にも見下されず、誰にも命令されず、ただルゥと共に生きていける。
それだけで、十分だった。
けれど、その静けさは突然破られた。
午後、村の入り口に一台の馬車が現れた。
グランディール家の紋章を掲げた黒い馬車。
扉が開き、使者が降り立った。
「セレナ様。王都よりお迎えに参りました」
使者は丁寧に頭を下げながら、冷たい声で告げた。
「王子殿下が、あなたを気に入られたとのこと。
グレゴール様より、“すぐに戻るように”との命です」
私は静かに首を振った。
「戻るつもりはありません」
使者は一瞬だけ眉を動かし、そして言った。
「一週間後にまたお迎えに伺います…戻られるのであれば、“イリス様の秘密”を知る事ができるとの事です、よくお考え下さい。」
母の名が出た瞬間、私は言葉を失った。
イリス――空を見上げて微笑んでいた、私の母。
彼女の死には、何か隠されたものがあると、ずっと感じていた。
使者はそれ以上何も言わず、馬車に乗って去っていった。
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その一週間は、長かった。
ルゥはいつも通り私の後をついてきて、ミルクを飲み、布団で丸くなって眠った。
けれど私は、心の奥でざわつく何かを抱えていた。
母の秘密。
それは、私が追い出された理由と関係があるのかもしれない。
それとも、私が“魔力を持たない”とされたことと――。
そして、一週間後。
使者は再び現れた。
今度は、ひとりで、静かに扉を叩いた。
「セレナ様。ご決断はいかがでしょうか」
私は黙って彼を見つめた。
使者は懐から古びた封筒を取り出し、ゆっくりと差し出した。
「イリス様の秘密を……知りたくないのですか?」
その言葉に、私は左手を見た。
薬指の銀の指輪が、かすかに震えていた。
母の形見。
彼女が残した、唯一の温もり。
私はルゥを見た。
彼は静かに鳴き、私の足元に寄り添った。
「行こう、ルゥ。
母の真実を、私の目で確かめる」
辺境の空は、少しだけ風を強めていた。
それは、過去と向き合う旅の始まりだった。




