第5話「空を翔ける者」
第一章:王都の空の下で
王都に戻るのは、三年ぶりだった。
かつて私が捨てられた場所。
石畳の道、豪奢な建物、そして人々の視線――すべてが懐かしく、そして冷たかった。
けれど、私はもう怯えなかった。
ルゥが空を舞い、私の背を守ってくれている。
彼の存在が、私の誇りだった。
王宮の門前で、使者が私の名を告げると、騎士たちはざわめいた。
「ドラゴンを連れている?」「あれが……セレナ嬢?」
私は、堂々と門をくぐった。
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第二章:再会
謁見の間。
そこにいたのは、王太子アルベルト。
かつて私を「器がない」と切り捨てた男。
彼は目を見開いた。
「……セレナ? 本当に君なのか?」
私は微笑んだ。
「ええ。辺境で、少しだけ強くなりました」
彼の視線は、私の背後にいるルゥへと向けられた。
「そのドラゴンは……君が?」
「彼は、私の家族です」
私ははっきりと言った。
その言葉に、謁見の間がざわめいた。
騎士たちが目を見交わし、廷臣たちが息を呑む。
そして、玉座の脇に控えていたもう一人の王族――
レオニス殿下が、静かに私を見つめていた。
彼の瞳は驚きよりも、安堵に近かった。
まるで、ようやく“戻ってきた”者を迎えるように。
アルベルトは、しばらく沈黙した後、言った。
「君の力が必要だ。王都を守ってほしい。
そして……もしよければ、婚約を――」
その言葉に、私は静かに首を振った。
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第三章:胸のすく瞬間
「私はもう、誰かの飾りではありません。
誰かの都合で生きる存在でもない。
私は、私の意思でここに来ました。
そして、あなたの隣に立つ者ではありません」
アルベルトは言葉を失った。
騎士たちも、廷臣たちも、沈黙した。
その沈黙の中で、ただ一人――
レオニス殿下だけが、静かに頷いていた。
私はルゥの背に手を添えた。
彼は翼を広げ、炎のような光を放った。
その光は、私の誇りの象徴だった。
「王都は守ります。
けれど、それは私の誇りのため。
あなたのためではありません」
その言葉は、私自身の真実だった。
そして、レオニス殿下の視線が、静かに私を包んでいた。
それは、かつて誰も向けてくれなかった“敬意”のまなざしだった。
私は、もう誰かに選ばれるために生きているのではない。
私は、自分の意思で空を翔ける者。
そしてその空の下で、私を見つめる瞳があることに――
少しだけ、救われた気がした。
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第四章:空を翔ける者
魔物の群れが王都に迫っていた。
黒い影が空を覆い、咆哮が風を裂く。
地上では兵士たちが防衛線を張っていたが、空からの襲撃には手が届かない。
「ルゥ、行くよ」
私は彼の背に飛び乗り、空へと翔けた。
ルゥが翼を広げ、風を巻き上げる。
私たちは雲を突き抜け、魔物の群れの中心へと突入した。
炎と光が空を裂き、魔物が次々に地へと落ちていく。
私は風の流れを読み、ルゥと共鳴しながら、空中で魔力を操った。
蛇型の魔獣が尾を振り、空気を裂いてくる。
ルゥが炎を放ち、私は光の刃で翼を断つ。
次に現れたのは、霧を纏う異形――影喰い。
「魔力を吸う……なら、共鳴で押し返すしかない」
私はルゥの背に手を添え、心を重ねた。
鼓動が重なり、魔力が共鳴する。
その瞬間――左手の薬指に嵌めた銀の指輪が、淡く光を放った。
母の形見。
私が唯一、家族の温もりを感じられるもの。
「……母さん、見てて」
私は指輪に囁き、魔力を解き放った。
「空翔ける者の誓い――風よ、光よ、炎よ、我らに力を!」
ルゥの体が光に包まれ、炎が白く輝いた。
その一撃が、影喰いの霧を裂き、中心核を焼き尽くす。
魔物は悲鳴を上げ、空に溶けるように消えていった。
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王都の空は、再び風を取り戻していた。
地上では人々が歓声を上げ、私の名を呼んでいた。
けれど、私はそれに応えなかった。
王宮の塔では、王太子アルベルトがその戦いを見つめていた。
彼は、王都の防衛指揮を任されていたが、今はただ空を見上げていた。
「……あれほどの力を持ちながら、誰にも誇らない。
あの空を翔ける姿は、王妃にこそふさわしい」
彼の胸に、確かな決意が芽生えていた。
「セレナを王妃に迎えたい。
この国を、彼女と共に守りたい」
その言葉は、誰にも聞かれていなかった。
けれど、彼の瞳は迷いなく、セレナの背中を追っていた。
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その背中を、もう一人の男も見つめていた。
レオニス。
彼は塔の影に立ち、誰にも気づかれないように空を見上げていた。
「セレナ……君は、どこまで翔けていくんだ」
彼の声は、風にかき消された。
誇らしさと不安。
愛しさと焦り。
そのすべてが、胸の奥で絡み合っていた。
「君の隣に立つ資格が、僕にあるのか……」
彼は拳を握りしめ、指輪の光が遠ざかるのを見つめていた。
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戦いのあと、私は王宮の塔の上で、ルゥと並んで空を見上げた。
「もう、ここにいる理由はないわね」
私が呟くと、ルゥは静かに鳴いた。
私は彼の背に乗り、空へと翔けた。
王都の空は、今日も灰色だった。
けれど、私たちの翼は、迷いなくその空を切り裂いていた。
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第五章:そして、辺境へ
辺境の村に戻ったとき、空は澄み渡っていた。
村人たちは笑顔で迎えてくれた。
「おかえり、セレナ嬢」「ルゥも元気そうだね」
私は微笑んだ。
「ただいま」
私はもう、王都の令嬢ではない。
魔力のない失敗作でもない。
私は、空を翔ける者。
そして、ルゥと共に生きる者。
辺境の空は、今日も澄んでいる。
そして私たちは、これからも――この空を翔けていく。




