第4話「王都からの使者」
第一章:静かな朝に
辺境の春は、王都とは違う。
花は控えめに咲き、風は静かに吹き抜ける。
村人たちは畑を耕し、子供たちはルゥの後を追いかけて笑っていた。
私は、村の薬草園で新芽を摘んでいた。
ルゥはその隣で、陽を浴びながら丸くなって眠っている。
「平和って、こういうことなのね」
私は小さく呟いた。
王都で過ごした日々は、遠い夢のようだった。
そのときだった。
村の門に、見慣れぬ馬車が現れた。
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第二章:使者の到来
馬車から降りてきたのは、王都の紋章を掲げた使者だった。
鎧を身にまとい、顔には疲労と焦りが滲んでいた。
「セレナ・グランディール嬢を探している」
村長が私を呼びに来たとき、私はすでに予感していた。
使者は頭を下げた。
「王都が魔物に襲われています。どうか、お力を貸してください」
私は静かに彼を見つめた。
かつて私を捨てた王都。
魔力がないと嘲笑した人々。
その王都が、今度は私に助けを求めている。
「なぜ、私に?」
「あなたが魔物を退けたという報告が、辺境から届いております。
しかも、ドラゴンを従えていると……」
私はルゥに目を向けた。
彼は私の隣に立ち、使者を警戒するように低く唸っていた。
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第三章:選択
村人たちはざわめいた。
「王都が……」「セレナ嬢が呼ばれている」
私は村長と話し合った。
「行くべきか、迷っています」
「セレナ嬢。あなたはもう、王都の令嬢ではありません。
けれど、あなたはこの村の守護者です。
その力が、誰かを救えるなら――それは、誇りです」
私は静かに頷いた。
夜、ルゥと丘に登った。
星が瞬き、風が優しく吹いていた。
「ルゥ。行こう。
私たちの力が、誰かの命を救えるなら――それは、意味のあることだと思うの」
ルゥは翼を広げ、空に向かって一声鳴いた。
それは、同意の音だった。
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第四章:旅立ち
翌朝、私は村人たちに見送られながら馬車に乗った。
けれど、ルゥは馬車には乗らない。
彼は空を翔ける者。
私の頭上を、優雅に舞っていた。
使者は驚きと畏怖の入り混じった目でルゥを見上げていた。
「……本当に、ドラゴンを従えているのですね」
「彼は、私の家族です」
私はそう答えた。
馬車は揺れながら、王都へと向かう。
道の途中、私は何度も空を見上げた。
ルゥは、いつもそこにいた。
かつて私を捨てた場所へ。
今度は、私の意思で向かう。
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第五章:再会の予兆
王都の門が見えたとき、私は胸の奥に冷たいものを感じた。
懐かしさではない。
それは、過去との対峙の予感だった。
アルベルト殿下は、今も王太子として君臨しているのだろう。
私を「器がない」と切り捨てた人。
その彼が、私の力を求める日が来るとは。
けれど、王都にはもう一人――
私を“飾り”として見なかった人がいた。
レオニス殿下。
王太子の弟であり、王宮の魔術院に籍を置く青年。
彼は、かつて舞踏会の隅で私に声をかけてくれた。
庭園の薬草の話、詩歌の解釈、誰も気に留めなかった私の努力に、彼だけが目を向けていた。
「セレナ嬢、あなたの言葉には芯があります。
魔力がなくても、心に力がある人だと、僕は思います」
その言葉は、今でも胸の奥に残っていた。
彼が今も王都にいるなら――
私のことを、少しでも覚えていてくれるだろうか。
「ルゥ。私は、もう誰かの飾りじゃない。
誰かの都合で生きる存在じゃない。
私は、私の意思でここに来た。
そして、あなたと共に――この空を翔ける」
ルゥは静かに鳴いた。
それは、誓いの音だった。
王都の空は、灰色に曇っていた。
けれど、私たちの翼は、迷いなくその空を切り裂いていた。
そしてその空の下で、誰かが静かに私の帰還を待っている気がした。
それは、かつて私に“敬意”を向けてくれた、ただ一人の王族――レオニス殿下だった。




