第36話:囚われの少女と風の来訪者
帝国の施設の奥深く。
エリシアは術式の中心に囚われ、意識だけが空を彷徨っていた。
「セレナ様……」
その名を呼ぶ声は、風のように微かに震えていた。
彼女の周囲には、封印術式が幾重にも張り巡らされていた。
空間は静かで、魔力の流れは完全に遮断されていた。
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王都では、セレナたちが再突入の準備を進めていた。
ミーナは術式の構造を解析し、リィナは風の流れから共鳴の糸を探していた。
カイルは剣の軌道を調整し、突入のタイミングを見極めていた。
その時、空に低く響く音が広がった。
雲を裂いて現れたのは、銀色の魔導飛行艇――風を纏うように滑空し、王都の塔の上に着陸する。
「あれは……」
セレナが目を細める。
飛行艇の甲板から、帽子を押さえながら現れたのは、小さな大魔道士フィン。
彼の姿を見て驚く仲間たちに、セレナとレオニスだけが静かに頷いた。
「君のピンチを察知してね」
フィンは軽く笑いながら、ルゥの前に立つ。
「魔力の流れが乱れてた。風が騒いでたから、来てみたら……やっぱりね」
彼が杖を掲げて術式を唱えると、ルゥの身体がふわりと光に包まれ、倍ほどのサイズに成長する。
羽は広がり、爪は鋭く、瞳には戦う意志が宿った。
フィンはさらに魔法を重ね、空中に浮かぶ魔導陣から鎧を召喚する。
銀と青の輝きを放つ竜用の鎧――ドラゴンメイルが、ルゥの身体にぴたりと装着された。
「これで、空でも地でも戦える。魔力の流れも安定するはず」
フィンが満足げに頷く。
カイルが船首に立ち、ミーナは右舷の魔導砲へ、リィナは左舷へと移動する。
飛行艇の内部では、役割がすでに決まっていた。
セレナはルゥの背に乗り、空を見上げた。
「待ってて、エリシア。今度こそ、必ず届く」
フィンが操縦席に戻り、風の精霊に語りかける。
「さあ、風よ。彼女の声を導いてくれ」
飛行艇が風を裂き、空へと翔ける。
その先には、囚われた少女と、帝国の牙城が待っていた。




