第33話:奪われた姫
王宮の夜は静かだった。
庭園の灯火が揺れ、空には雲が流れていた。
セレナは塔の上からその景色を見下ろしながら、胸の奥に広がる不安を押し殺していた。
エリシアはその日、離宮から戻ってきたばかりだった。
長旅の疲れも見せず、セレナの隣で星を見上げていた。
「セレナ様、明日のドレスは……空竜の刺繍が入ってるんですよね?」
エリシアの声は、無邪気で、どこまでも澄んでいた。
セレナは微笑みながら頷いた。
「ええ。あなたが選んでくれた布にね。風花草の色を思い出す」
その笑顔が、次の瞬間――闇に飲まれた。
突如、空間が軋みを上げた。
黒い霧が広がり、王宮の結界が震えた。
「エリシア!」
セレナが叫ぶ間もなく、少女の周囲が黒い結界に包まれた。
空間が歪み、帝国の魔導士ザルグが姿を現す。
「祝福の空など、我が帝国には不要だ。
空竜の力は、我らが手に渡るべきもの」
セレナはすぐに魔力を展開しようとしたが、ザルグの術は異質だった。
空間そのものを封じ、魔力の流れを遮断する。
「やめなさい!彼女は関係ない!」
セレナが叫ぶ。
「関係ない?違う。彼女は“鍵”だ。
空竜の力を開くための、最も純粋な器」
ザルグは黒い霧と共に姿を消し、エリシアもまた――その場から消えた。
残されたのは、一通の手紙。
> 「空竜ルゥと王妃セレナの身柄と引き換えに、少女を返す」
沈黙が王宮を包んだ。
風は止まり、星は雲に隠れた。
セレナは手紙を握りしめ、唇を噛んだ。
「私が行く。彼女を取り戻すために」
その言葉に応えるように、塔の扉が開いた。
剣士カイルが駆け込んできた。
「何があった!?」
続いて、魔導士ミーナと風術士リィナも現れる。
「結界が破られた痕跡がある。侵入は転移術式によるもの」
ミーナが魔導陣を展開しながら言う。
「風が乱れてる。誰かが空間を裂いた」
リィナが窓辺で風を読む。
セレナは静かに頷いた。
「帝国が動いた。エリシアが連れ去られた。……私が行く」
カイルが剣を握り直す。
「一人で行かせるかよ。俺たちも行く」
ミーナが魔導書を開き、リィナが風を巻き起こす。
「彼女を取り戻す。それが、私たちの役目」
ルゥが咆哮を上げ、空を見上げた。
その瞳には、怒りと誓いが宿っていた。
そして、祝福の空は――
奪われた姫を取り戻すため、再び動き始めた。




