第31話:祝福の空、静かなる影
王都アストレイルは、ようやく静けさを取り戻していた。
厄災の爪痕はまだ街の片隅に残っていたが、空は澄み、風は穏やかだった。
人々は再び笑い、市場には歌が戻り、空翔ける者の塔には祝福の旗が翻っていた。
その中心に立つのは、王位を継承したばかりのレオニス。
そして、彼の隣には――空翔ける王妃、セレナ。
「王都の空が、ようやく呼吸を始めた気がする」
セレナが呟くと、ルゥが低く鳴いた。
それは、同意の音だった。
彼女の瞳は、かつて追放された令嬢のものではなかった。
空を翔け、王都を救い、今や王妃として人々の希望となっていた。
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王宮では、セレナとレオニスの結婚式が三日後に控えていた。
新体制の始動と王家の祝福が重なり、街は祭りのような熱気に包まれていた。
その日、王太后と妹エリシアが避暑地から帰還した。
馬車から降り立ったエリシアは、真っ先にセレナの元へ駆け寄る。
「セレナ様!」
彼女は笑顔で手を握り、ルゥを見て目を輝かせた。
「本当に空を飛ぶんですね……すごい!」
セレナは微笑みながら、ルゥの背を撫でた。
「ルゥは、空の流れを読むのが得意なの。あなたにも、いつか乗せてあげる」
エリシアは頬を染めて頷いた。
その瞳には、純粋な憧れと信頼が宿っていた。
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王宮の塔では、セレナの仲間たち――カイル(剣士)、ミーナ(魔導士)、リィナ(風術士)が集まっていた。
「結婚式の警備は万全にしておく。祝福の空に、影を落とすわけにはいかない」
カイルが剣を磨きながら言う。
「魔力の流れは安定してるけど、昨日から風が少し乱れてる」
リィナが窓辺で風を読む。
「帝国が沈黙してるのが、逆に不気味なのよね」
ミーナが魔導書を閉じながら呟く。
セレナは静かに頷いた。
「祝福の空ほど、狙われやすい。だからこそ、私たちが守る」
ルゥが翼を広げ、空へと舞い上がる。
その姿は、王都の空に誇りを刻むようだった。
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その夜、王宮の結界に微かな揺らぎが走った。
誰も気づかないほどの、魔力の震え。
けれど、ルゥだけは――その風の異変に、目を細めていた。
そして、遠く帝国の空で、黒衣の魔導士ザルグが静かに笑っていた。
「祝福の空か……ならば、裂く価値がある」
夜の風が、静かにざわめき始めていた。




