第30話「誇りの帰郷」
第一章:風の帰路
王都の空は、ようやく穏やかさを取り戻していた。
戴冠の儀から数日後、セレナとレオニスは、辺境の村へ向かう馬車に揺られていた。
「こうして並んで座るのは、初めてかもしれませんね」
セレナが微笑むと、レオニスは少し照れたように頷いた。
「君が空を翔けていた間、僕はずっと地上から見上げていた。
でも今は、隣にいる。それが、少し不思議で……嬉しい」
ルゥは馬車の屋根の上で丸くなり、時折風に鼻先を向けて鳴いていた。
それは、懐かしい空気を感じ取っている音だった。
セレナは窓の外を見ながら、静かに呟いた。
「この空は、私たちが守った空。
そして、帰る場所の空でもあるのね」
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第二章:村の灯
夕暮れ時、馬車が村の門に差し掛かった。
そこには、見慣れた木造の門と、懐かしい畑の匂い。
けれど、門の前には――村人たちが集まっていた。
「セレナ様だ!」「ルゥもいるぞ!」「王都から帰ってきたんだ!」
歓声が上がり、子どもたちが走り寄ってくる。
ルゥが翼を広げ、優しく風を巻き起こすと、子どもたちは笑いながらその風に跳ねた。
「おかえりなさい、セレナ様!」
村長が涙ぐみながら頭を下げる。
「あなたが王都を救ったと聞いて、村中が誇りに思っています。
そして……村の名を改めたいという声が、自然と集まりました」
セレナは驚いたように目を見開いた。
「村の名を……?」
「ええ。これからは、“セレナ村”として、あなたの誇りを刻みたいのです」
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第三章:誇りの名
その夜、村の広場ではささやかな祝宴が開かれた。
薬草の香り、焼きたてのパン、子どもたちの歌声。
王都の喧騒とは違う、静かで温かな空気。
セレナは焚き火のそばで、ルゥの背に寄りかかりながら空を見上げていた。
レオニスが隣に座り、静かに言った。
「君の名前が、村の名になる。
それは、君が誰かの誇りになった証だ」
「でも私は、ただ……この村が好きだっただけ。
誰かに認められるためじゃなく、ここで生きたかった」
レオニスは微笑んだ。
「だからこそ、君の名がふさわしい。
この村は、君の“意思”を受け継ぐ場所になる」
セレナは、少しだけ目を潤ませながら頷いた。
「ありがとう、レオニス。
あなたが隣にいてくれて、よかった」
ルゥが静かに鳴いた。
それは、祝福の音だった。
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第四章:空の下の灯
翌朝、村の門に新しい看板が掲げられた。
手彫りの文字で、こう記されていた。
《セレナ村》――空翔ける者の誇りが宿る場所
村人たちはその前で手を合わせ、子どもたちはその文字をなぞるように指でなぞった。
セレナは、丘の上からその光景を見つめていた。
レオニスが隣に立ち、静かに言った。
「この村は、君の帰る場所。
そして、僕の帰る場所でもある」
セレナは微笑み、ルゥの背に手を添えた。
「空を翔ける者として、私はここに帰ってきた。
そして、これからも――この空を守り続ける」
風が吹いた。
それは、誇りを運ぶ風だった。
そして、セレナ村の空に、静かに新しい物語が始まった。




