第3話「目覚める力と守る者」
第一章:静寂の前触れ
辺境の村に、異変が訪れたのは春の終わりだった。
空が灰色に染まり、風が冷たくなった。
鳥たちは森から姿を消し、獣たちは怯えて巣にこもった。
「魔物が出るかもしれない」
村長の言葉に、村人たちは顔を曇らせた。
辺境では、時折魔物が森から現れる。
それは、王都の貴族たちが知らない“本当の恐怖”だった。
私は、ルゥの背に手を添えた。
彼はすでに私の肩ほどの高さに成長していた。
鱗は輝きを取り戻し、翼も少しずつ動かせるようになっていた。
「ルゥ、もし何かあったら……私が守るから」
彼は静かに鳴いた。
それは、信頼の音だった。
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第二章:襲来
夜。
森の奥から、低く唸るような咆哮が響いた。
村人たちは家に閉じこもり、火を絶やさぬようにした。
私は、ルゥと共に村の外れに立っていた。
空気が重く、肌に冷たい汗がにじむ。
風は止まり、木々は沈黙していた。
そのとき――左手の薬指に嵌めた銀の指輪が、かすかに震えた。
母の形見。
私が唯一、家族の温もりを感じられるもの。
その指輪が、まるで何かを訴えるように、静かに熱を帯びていた。
そして、現れた。
黒い毛並みの巨大な魔物――“影狼”と呼ばれる種だった。
鋭い牙、赤い目、そして何より、魔力を喰らう性質を持つ。
「セレナ、逃げろ!」
ルイス村長が叫ぶ。
けれど私は、逃げなかった。
指輪の震えは、私の心を静かに揺さぶっていた。
逃げることはできなかった。
守りたい――その想いが、胸の奥で膨らんでいく。
「ルゥ、行くよ」
彼は翼を広げ、空へ舞い上がった。
まだ完全には飛べない。けれど、彼は私の言葉に応えた。
炎が、彼の口から迸る。
影狼は咆哮を上げ、ルゥに向かって跳びかかる。
その瞬間――指輪が光を放った。
淡く、けれど確かに。
私の胸の奥が、熱く燃え上がった。
何かが、目覚めようとしていた。
それは、恐れではなく――誓いだった。
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第三章:覚醒
「やめて……ルゥを、傷つけないで!」
その叫びと同時に、指輪から光が溢れた。
眩い輝きが夜を裂き、記憶の奥底が一気に開かれていく。
――竜の巫女の記憶。
――今よりも大きなルゥ。
――太古の空を翔けた、彼の記憶。
初めて感じた魔力。
それは、今まで知っていたどんな力よりも――強く、優しかった。
ルゥと繋がった瞬間、私の中に眠っていた魔力が目覚めた。
それは、共鳴。
彼の鼓動が、私の心と重なった。
光が影狼を包み、動きを止める。
ルゥが炎を放ち、魔物は地に伏した。
静寂が戻る。
村人たちは、呆然とその光景を見つめていた。
「セレナ嬢……あなたは、魔力を……?」
ルイス村長が震える声で言った。
私は、ルゥの背に手を添えながら答えた。
「彼が、私を目覚めさせてくれたんです」
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第四章:守る者
翌朝、村人たちは私の家に集まった。
「ありがとう」「助かったよ」
その言葉は、今まで聞いたことのない温かさだった。
私はもう、ただの追放令嬢ではなかった。
魔力を持ち、村を守った者。
そして、ルゥと共に生きる者。
「セレナ嬢、あなたは……この村の守護者です」
村長の言葉に、私は静かに頷いた。
ルゥは私の隣で、満足そうに鳴いた。
その瞳は、もう怯えていなかった。
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第五章:誓いの夜
星が瞬く夜。
私はルゥと並んで丘に座っていた。
「私、もう誰かの飾りじゃない。
誰かの都合で生きる存在じゃない。
私は、私の意思で生きる。
そして、あなたと共に――この空を翔ける」
ルゥは翼を広げ、空に向かって一声鳴いた。
それは、誓いの音だった。
辺境の空は、今日も澄んでいる。
そして私は、守る者としての第一歩を踏み出した。




