第26話「玉座の影」
第一章:歪む命令
王都の空は、鈍い灰色に染まっていた。
季節はまだ秋の入り口だというのに、風は冷たく、街の人々の表情は硬かった。
「王太子殿下の命令で、魔導士協会の独立権が一時停止されたそうです」
ミーナが、魔術院の報告書を手にして言った。
「協会の判断を無視して、王宮直属の命令系統に組み込むって……それ、もう軍事支配じゃないか」
カイルの声には、怒りと不安が混ざっていた。
リィナは窓辺に立ち、風の流れに耳を澄ませていた。
「風が重い。命令の裏に、感情が渦巻いてる。これは、守るための風じゃない」
私は静かに窓の外を見つめた。
王都の空が、昨日よりも狭く感じられた。
ルゥが低く鳴いた。
その音は、警戒と不安の混ざったものだった。
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第二章:アルベルトの執着
その夜、私は再び王宮に呼ばれた。
理由は明かされなかったが、空気は重く、回廊の灯りさえ冷たく感じた。
玉座の間に入ると、アルベルト殿下が一人、玉座の前に立っていた。
その姿は、以前よりも痩せて見えた。
けれど、瞳だけは異様な光を宿していた。
「セレナ。君が王妃になれば、王都は安定する。
民は君を信じている。君の力が、秩序を保つ鍵になる」
その言葉は、以前よりも強く、そして歪んでいた。
「君が拒むなら……王都は混乱する。
それでもいいのか?」
私は、静かに彼を見つめた。
「私の力は、誰かを支配するためのものではありません。
守るための力です。あなたのためには使えません」
アルベルトは、拳を握りしめた。
その指先が白くなるほど、力が入っていた。
「ならば、君を守るために、僕は王都を変える。
誰も君を否定できないように、すべてを掌握する」
その言葉に、私は背筋が冷えるのを感じた。
それは、かつての彼ではない。
王座に囚われた、孤独な王子の声だった。
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第三章:レオニスの決意
王宮を出たあと、私は魔術院の中庭でレオニス殿下と再び言葉を交わした。
彼は、静かに空を見上げていた。
「兄は、君を取り戻すことで、自分の価値を証明しようとしている。
でもそれは、君の意思を無視した“支配”だ」
私は、黙って頷いた。
「彼は、王都を守ろうとしている。でも、その方法が間違っている」
リィナがそっと近づいてきた。
風をまといながら、静かに言った。
「風が答えてる。王都の空は、もう彼のものじゃない。誰かのために吹く風じゃない」
レオニスは、ゆっくりと口を開いた。
「もし兄がこのまま進むなら……僕は、王族として責任を果たす。
この国を守るために、玉座に立つ覚悟を持つ」
その言葉は、静かで、けれど揺るぎなかった。
私は、彼の瞳を見つめた。
そこには、焦りも欲望もなかった。
ただ、誠実な意志だけがあった。
「その時が来たら、私はあなたの隣に立ちます。
空翔ける者として、誇りを守る者として」
ルゥが静かに鳴いた。
それは、誓いの音だった。
リィナは風を送りながら、そっと言った。
「その誓いは、風に乗って届く。玉座の影を越えて、真実の空へ」




