第25話「揺れる玉座」
第一章:王都のざわめき
王宮を離れた翌朝、私はルゥと共に王都の外縁にある魔術院を訪れていた。
空は晴れていたが、街の空気はどこか張り詰めていた。
人々の声は低く、魔導士たちの足取りは重かった。
「風が、乱れてる」
リィナが目を閉じて、空気の流れに耳を澄ませていた。
「王都の中心に、焦りと恐れが渦巻いてる。風が落ち着かない」
「最近、王太子殿下の命令が急に増えているらしい」
ミーナが耳打ちするように言った。
「魔術師の動員、貴族への圧力、そして……禁術の研究許可まで」
カイルの声は低く、警戒を含んでいた。
私は眉をひそめた。
アルベルト殿下の瞳に宿っていた焦燥――それが、王都全体に広がり始めている。
王都の空は、昨日よりも重く感じられた。
ルゥが低く鳴いた。
それは、警戒の音だった。
リィナは静かに言った。
「風は真実を隠さない。王都は、何かを覆い隠そうとしてる」
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第二章:レオニスの警告
魔術院の書庫で、私はレオニス殿下と再び言葉を交わした。
彼は静かに記録を閉じながら言った。
「兄は、君との再会で何かを取り戻したと思っている。
でもそれは、君の意思ではなく、彼の幻想だ」
私は黙って彼の言葉を聞いた。
レオニスの瞳は穏やかだったが、その奥にある憂いは隠せていなかった。
「王都は、今揺れている。
君が空を翔ける者として認められたことで、兄は“王”としての自信を失いかけている。
それが、彼を追い詰めている」
私は静かに頷いた。
「私は、彼のために生きていた時代を終えた。
今は、自分のために空を翔けている」
レオニスは微笑んだ。
「その空が、王都を照らす日が来ると信じてる」
その言葉は、風のように静かで、けれど確かに私の心に届いた。
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第三章:不穏な命令
その夜、王宮から新たな布告が出された。
「王都防衛のため、全魔導士に協力を要請。
拒否する者は、反逆の疑いありと見なす」
街がざわめいた。
魔導士協会は動揺し、貴族たちは顔を曇らせた。
「これは……防衛じゃない。支配だ」
ミーナが呟いた。
「王妃の座を断られたことで、殿下は焦っている。
君を取り戻すことで、王都の秩序を保とうとしているんだ」
カイルの言葉は鋭かった。
リィナは風をまといながら、静かに言った。
「風が濁ってる。命令の裏に、感情が混ざってる。これは、王の言葉じゃない」
私は王都の空を見上げた。
その空は、昨日よりも重く、灰色に染まり始めていた。
ルゥが低く鳴いた。
それは、警戒の音だった。
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第四章:選ぶ者として
私は、王宮の回廊を歩いていた。
再び呼び出されたわけではない。
ただ、確かめたかった。
玉座の前に立つアルベルト殿下は、以前よりも痩せて見えた。
けれど、その瞳には――執着の光が宿っていた。
「セレナ。君が王妃になれば、民は君に従う。
それが、王都の安定につながる」
私は、静かに首を振った。
「私は、誰かの象徴になるために生きているのではありません。
私は、空を翔ける者。
そして、選ばれるのではなく、選ぶ者です」
アルベルトは何も言わなかった。
ただ、その拳が震えていた。
その背に、レオニス殿下の静かな視線が注がれているのを感じた。
彼は何も言わず、ただ私の選択を見守っていた。
そして、玉座の間を出た私を、リィナが待っていた。
彼女は風をまといながら、静かに言った。
「風は、君の選択を肯定してる。
王都の空は揺れてるけど、君の空は澄んでる」
私は頷いた。
「なら、私はその空を翔ける」
風が吹いた。
それは、玉座の重さを越えて、自分の空を選ぶ者に吹く風だった。




