第2話「ドラゴンの子と辺境の暮らし」
第一章:小さな命
森の奥で出会ったドラゴンの子――ルゥ。
その体は傷だらけで、鱗は剥がれ、翼は折れていた。
私は彼を抱き上げ、自分の家へと連れ帰った。
「あなたも、捨てられたのね」
その言葉は、私自身に向けたものだったのかもしれない。
家に戻ると、古い布を敷いてルゥを寝かせた。
薬草を煎じて傷口に塗ると、彼は小さく鳴いた。
痛みに耐えているのだろう。
私はそっと頭を撫でた。
「大丈夫。もう、ひとりじゃないよ」
その夜、私はルゥのそばで眠った。
久しぶりに、誰かのぬくもりを感じながら。
---
第二章:村人の目
翌朝、村人たちは私の家の前に集まっていた。
「ドラゴンを連れているって本当か?」「危険だ、殺すべきだ」
そんな声が飛び交う。
私は扉を開け、静かに言った。
「彼は傷ついているだけです。誰も傷つけていません」
村長――ルイスが一歩前に出て、眉をひそめた。
「ドラゴンは魔物だ。育てるなど、正気の沙汰ではない」
その言葉に、私は左手を握りしめた。
薬指に嵌めた銀の指輪が、かすかに熱を帯びていた。
母の形見――私が唯一、家族の温もりを感じられるもの。
その指輪が、まるで背中を押すように、静かに光った。
「彼は、私の家族です」
その言葉に、村人たちは沈黙した。
誰も何も言わなかった。
ただ、風だけが静かに吹いていた。
ルイスはしばらく私を見つめていたが、やがて小さくため息をついた。
「……好きにしろ。ただし、責任はお前が持て」
それからしばらく、私は村の外れでひっそりと暮らした。
ルゥの傷は少しずつ癒え、彼は私の後をちょこちょことついてくるようになった。
ミルクを飲み、布団で丸くなって眠る姿は、まるで子猫のようだった。
その寝顔を見つめながら、私は指輪にそっと触れた。
「ありがとう、母さん。私は、ちゃんと守れてるよ」
辺境の夜は静かだった。
けれど、私の心は少しだけ――温かかった。
---
第三章:絆の芽吹き
ある日、畑で草を抜いていると、ルゥが土の中から小さな石をくわえてきた。
それは、魔石だった。
辺境では珍しいが、ドラゴンは魔力に敏感なのだろう。
「ありがとう、ルゥ」
私はその石を磨き、ルゥの首に紐で結んであげた。
彼は嬉しそうに鳴いた。
その夜、私は夢を見た。
炎の中で、ルゥが私を守っている夢。
目覚めると、胸の奥が熱くなっていた。
まるで、何かが目覚めたような感覚。
それは、魔力だった。
微かに、けれど確かに、私の中に力が流れていた。
---
第四章:変化の兆し
村の子供たちが、ルゥに興味を持ち始めた。
「触ってもいい?」「飛べるの?」
ルゥは最初こそ怯えていたが、次第に慣れていった。
ある日、村の少年が木から落ちそうになったとき、ルゥが飛び上がって彼を受け止めた。
その瞬間、村人たちの目が変わった。
「……あのドラゴン、守ってくれたのか?」
「セレナ嬢、あの子は……魔物じゃないのかもしれない」
少しずつ、村人たちは私たちを受け入れ始めた。
野菜を分けてくれたり、家の修理を手伝ってくれたり。
私は初めて、“居場所”というものを感じた。
---
第五章:静かな誓い
夜、ルゥと並んで星を見上げた。
彼の体は少しずつ大きくなり、鱗は輝きを取り戻していた。
私は彼の背に手を添え、そっと囁いた。
「いつか、あなたと空を飛びたい」
ルゥは静かに鳴いた。
それは、約束のような音だった。
私はもう、王都の令嬢ではない。
魔力のない失敗作でもない。
私は、ルゥと共に生きる者だ。
辺境の空は、今日も澄んでいる。
そして私は、少しだけ強くなった気がした。




