第34話:魔王の余裕と宣告
アーサー率いる橘騎馬隊は、魔王ザルグの前に完全に動きを封じられていた。
馬も兵も、まるで時間が止まったかのように硬直している。
ザルグはロトの背に眠るアメリアの顔を覗き込み、静かに微笑んだ。
「……セレナそっくりだ」
その声は優しさすら感じさせるが、底には深い執念が潜んでいた。
アーサーは歯を食いしばり、声にならない叫びをあげる。
ロトは涙を浮かべながら、ただアメリアを守ろうと必死に睨みつける。
ザルグはしばらくアメリアを見つめ、ふっと息を吐いた。
「……殺す気はない」
アーサーとロトの心臓が跳ねた。
魔王の口から出るとは思えない言葉だった。
ザルグはゆっくりと立ち上がり、アーサーへ視線を向ける。
「セレナの末裔……今の貴様らでは、私と戦う資格すらない」
その言葉は侮辱ではなく、事実を述べるような冷静さだった。
アーサーの胸に、怒りと恐怖と屈辱が混ざった感情が渦巻く。
ロトは震える声で息を呑む。
ザルグは背を向け、アメリアに触れず、ただその存在を確かめるように見つめた。
「この娘がどこまで成長するか……興味はある」
その瞬間、ザルグがかざしていた手が下ろされ、騎馬隊の拘束が解けた。
アーサーは息を吸い込み、ロトはアメリアを抱きしめるように支え直す。
ザルグは黒竜バルキリーの背に乗りながら、最後に一言だけ残した。
「今からエルミナを固める。早く来れば……少しは守れるかもな」
黒竜が咆哮し、夜空へと舞い上がる。
二千の竜騎兵がその後に続き、月明かりを再び覆い尽くした。
アーサーは震える手で剣を握りしめた。
「……見逃された、だと……?」
ロトはアメリアを抱きしめながら、悔しさに唇を噛む。
「強すぎる……あれが……魔王ザルグ……」
夜空は静かに闇へと戻り、残されたのは恐怖と、抗うべき未来だけだった。




